2011年1月7日金曜日

松田聖子,再発見

(昨日はQueenで,今日は松田聖子か,と
お思いの方も多いと思いますが)

松田聖子がいい.
やはり昔の動画を見てそう思った.
特にデビューからの2~3年の
松田聖子に強く惹かれる.

たとえば,「チェリーブラッサム」
定評有る歌唱力もそうなのだけれど,
高音の伸びがいい.
まだ余裕があって聞いていて
気持ちが良くなるのである.

残念ながら,その後,
歌いすぎのためか,この高音の伸びは
失われてしまうのだが...
もちろん,それを補ってあまりある
歌唱力はどんどん磨かれていくのだけれど,
この時期のこの声質は何にも代え難い.
だから私はデビュー後,2~3年までの
松田聖子に惹かれるのである.
(産休から復活した頃のアルバム「Supreme」では
また一時的に高音が復活するのだけど)

実のところ,当時私は松田聖子があまり
好きではなく,たぶんデビューは1980年だったと
思うけれど(私が中学入学した頃),
松田聖子よりは河合奈保子の方が好きだったし,
なによりも「ぶりッ子」というのが嫌いだったのだ.

しかし,一回目の引退前までの
松田聖子のシングル曲であれば,
8割方は口ずさめるのではないか.
嫌いと言いながら,自分がそこまで影響を
受けていたことに今更ながら驚く.

特に初期のアルバムの収録曲でも,
口ずさめる歌がなんと多いことか.
(たとえば,「SQUALL」とか「Sailing」とか,
「いちご畑でつかまえて」とか...
しかし,次々に出てくるな...(笑))
松田聖子に提供された歌には
名曲が多いとあらためて思う.
メロディーがはっきりしていて,
すぐに覚えて鼻歌で歌えるのである.
(とはいえ,それは40代のオジサンにとっての
名曲であって,今の若者には古いのだろうけど)

そして驚いたのが,意外にかわいいこと.
大人っぽくなった松田聖子の印象だけが
強いけれど,デビュー当時は,本当に初々しいし,
かわいくて,見ていて楽しくなる.
もう自分の子供にしたいくらい(笑).

とにかく,食わず嫌いであった自分の不明を
30年経った今,恥じるのである.
若い人にも見てもらって,ぜひ感想を
聞きたいものだと,オジサンは思ったのである.

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