「丹田」という概念が武道の修行において重要視されているが,修行する武道などによって説明が異なっており,それぞれの方法において異なる解釈がされえちることがわかる。しかし,「丹田」という概念は,東洋において,武道に関わらず精神や心の修行に重要であることは共通であるようで,その概念や修行法においては多くの類似点が見られるようである。
「丹田」は「上丹田」「中丹田」「下丹田」などと区別されることもあるが,たとえばこれらの概念は,インドのヨガなどで言われる「チャクラ」の概念に近いと思われる(多くの人がそう思っているだろう)。人体においてチャクラは,尾骨,仙骨,胃,胸,喉,眉間,頭頂付近に計7つ存在するといわれていて,それぞれ生命力や感情などを司ると言われている。ヨガや呼吸法などの修行法はこれらの「チャクラを開く」ことを意識して行われる。最近では「チャクラ」という概念はヨガの普及とともにかなりメジャーな概念となっている。もしかすると「丹田」は知らなくても「チャクラ」は知っているという人の方が多いのかもしれない。
こうしたチャクラの開発においては体内のエネルギーの循環を意識して修行されるが,その修行法に類似しているものが,中国道教(気功法)における「小周天」という気をめぐらす功法である。体内の経脈にしたがって気を循環させるのだという。気の循環を天地と行えば「大周天」となるらしい。体内にエネルギーの循環をイメージする点では同じである。
そして日本にはもっと静的な修行法として禅がある。これは丹田をしずめて瞑想することが指導されるようで,あまり体内のエネルギーの循環を意識するということは聞いたことがない。しかし,剣豪 白井亨が行ったといわれる白隠禅師の練丹の法「軟酥の法」は「軟酥」の移動を意識するのでなにかしらのエネルギーを移動するイメージが使われているといえ,やはり修行法に共通点があるように思われる。
結局のところ,体内のエネルギー(のようなもの)の循環を意識するという修行法は東洋においては普遍的なものであり,普遍的であるということはこれらの修行法の実効性が高いということを示しているといえるだろう。
ただし,これらの修行法にはどうも危険が伴うらしい。ヨガにおいてはチャクラの開発においてクンダリーニが暴走してしまい,心身に不調をきたすことがあるらしいし,道教においても修行において気の循環が暴走すると「走火入魔」と呼ばれる状態になって心身を害するといわれる。安全そうな禅でさえ,「禅病」と呼ばれる心身の不調の危険性があるのだ(「軟酥の法」は白隠禅師が禅病から回復するために行った練丹の法と言われている)。
人間の心は,私たちが思っているよりも身体と密接な関係があり,そしてかなり脆いということが,私がこれまでの稽古を通して実感したことである。心の修行は,ちゃんとした師について行うことがやはり望ましい。
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