2008年8月6日水曜日

1%の可能性であっても

今朝,私の住んでいる地域で地震があった
(と思う.報道は見ていないけど).

寝床でドツンと衝撃が一回.
それで終わった.
一応,家族の様子をみて,
私はまた眠りに戻った.

しかし,目覚めてから考えてみた.
今回は,これで済んだからよかったものの,
もっとひどい地震が連続して
起こっていたらどうだったのか.
適切に対応できていたのだろうか,
油断していなかっただろうかと
反省したのである.

地震なんて頻繁に起こっているから,
ちょっと起こったくらいでは,
全然驚かない.
しかし,そのように繰り返しているうちに,
地震に慣れてしまって,
その対応に手を抜くようになってはいないだろうか.
災害を甘く見ていないだろうか.

昨日も集中豪雨のために,
命を落とされた人がいたらしい.
NHKラジオで,専門家の方がこうおっしゃっていた.

「100回豪雨があったとして,
99回は確かに大丈夫かもしれない.
しかし,あとの1回のために
十分な備えをすべきです」

そう,たった1回でもそうした状況に遭遇したら,
大切な命を失う危険があるのだ.
心に油断なく備える必要がある.
たとえ1%の可能性であってもおろそかにしてはいけない.

ただし,工学者として,
その費用対効果については
十分に考える必要があるけれども.

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