2010年2月17日水曜日

壊れてしまったラジオ

はじめてトランジスタラジオを買った時のことは
いまでもよく覚えている.
小学6年生の最後の春だった.

ソニーの銀色のトランジスタラジオ.
当時としては画期的な,デジタルPLLシンセサイザーによる
チューニング方式.
だから,ダイヤルと周波数メモリがついていなかった.
ただボタンだけ.
AM,FM各7局をメモリすることができて,
暗闇の中でもチューニングを合わせることができた.
暗い中で光るLEDの蛍のような淡い光と
ピピピというデジタル音がとてつもなくカッコ良く思えた.
銀色のアルミケースと,そのずしりとした重量が
ラジオの高級感を醸し出していた.

このラジオは,自分の貯金で,そして自分で選んで
購入した最初のものではなかったろうか.
中学生になったら「基礎英語」を聞いて
英語の勉強をするという目的で
(その目的はほとんど果たされなかったけれど)
自分のそれまでお年玉などで貯めた貯金をはたいて
買ったのである.

自分のお金だから,入念に品選びをした.
何度も電気屋に足を運び,カタログを貰って,
逐一そのスペックを確かめた.
(今でもこれは変わっていない)
その頃は,今の「オープン価格」と違って,
カタログに価格もちゃんと記載されていたから,
自分の貯金額とにらめっこして,ようやくそのラジオに
決めたのである.

当初の予定より安く購入できたのを覚えている.
その差額で妹になにかを買ってあげたのだ.
いつもだったら,そんなことはしないだろうに,
その日はラジオを購入できた高揚感に浸されて
いたのだろう.

その日から,布団の中でも握りしめて
ラジオを聴くようになった.
高校卒業までの6年間,そのラジオとともに
勉強してきたといってもいい.

残念ながら,聴いていたのは,
NHK第2の英語の教育番組ではなく,
ミスDJリクエストパレードとか,
吉田照美のテルテルワイドとか,
三宅裕司のヤングパラダイスとか,
松宮一彦のサーフ&スノーとか,
所ジョージの足かけ二日大進撃とか,
ヤングタウンとか,そういった番組ばかりだった.
もちろん,ビートたけし,中島みゆき,鶴光の
オールナイトニッポンも聴いていた.
私の「ながら勉強」の友だったのだ.

大学時代,帰省した際にに,
そのラジオのスイッチを久しぶりに入れてみた.
...壊れてしまっていた.
「壊れかけのラジオ」ではないけれど,
本当に悲しかった.
ラジオというのは骨董品ではなく,
電子部品の寿命からどうしても動かなくなる時がやってくる.
電子工業製品の悲しさである.

そういえば,現代の子供達はラジオを聴くことなんて
あるのだろうか.
身近にラジオがないことも電気系の学科に人気がない
理由のひとつにあるのかもしれない.
私たちが子供の頃は,ラジオ工作に憧れたものだけれど.
さすがに五球スーパーなどと真空管の時代ではなかったけれど,
トランジスタを用いたラジオの製作のための雑誌などが
いくつかあった(「初歩のラジオ」とか「ラジオの製作」とか).
電子工作なんて,いまや全然流行らない...
もっとなんとかしなくっちゃ.

実はラジオについて思い出したのは,
昨日,The Knackのボーカルが亡くなったという記事を
読んだからである.
"My Sharona"という彼らの大ヒット曲は今でも
色あせていない(でも,一発屋だった).
当時(1980年頃?)この曲は,ラジオでよく流れていたのだ.
あのとき聴いていた銀色のトランジスタラジオ.
なにかずいぶんと大切な思い出のような気がする.

#とはいえ,”My Sharona”で一番に思い出すのは,
日本のバンド,ユニコーン(と,たぶん
ジュンスカイウォーカーズ?)がテレビで行った演奏.
みんなノリノリで演奏していて,カッコよかった...

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