視力検査とおなじ

先週の金曜日,土曜日は京田辺の同志社大学で開催された
電気学会半導体電力変換研究会に参加した.
今回は,研究会開催のお手伝いの役でもあったということもあり,
残念ながらすべての発表を聞くことはできなかったのだけれど,
それでも,いくつかは聞くことができていろいろと考えることがあった.
やはりINPUTのために研究会には参加すべきである.

さて,金曜日の夜は懇親会が開かれて,
いろいろな方々とお話することができ,
楽しい時間を過ごすことができた.

最近の業界の動向や学会の活動に関する話はもちろん,
学生たちの参加もあったので,就職状況や修士論文の
進捗情報などについてもわいわいと話していた.

そこで教員同士が話していると,
どうしても指導している学生の話になる.
私なんてすぐに愚痴を言ってしまいそうだけれど,
そこはお話する方々は紳士だから,
なかなかに示唆に富んだ言葉を耳にすることが多い.

その懇親会でN大学のI先生にお伺いしたのは,
学生の指導に関わるお話.

「視力検査と同じなんですよね.
ついつい" C "の欠けている20%の部分ばかりに
目がいってしまう.
残りの80%はできているのにですよね.

学生についても,ついつい至らないところに
目がいってしまうのだけれど,よくやっている部分も
ずいぶんあるんですよね」

なるほど.
視力検査の記号にひっかけて
お話するところがうまいなぁと思うのだけれど,
確かに人を見る際に,ついつい減点法を使ってしまう.
つまりは欠点ばかりに目がいってしまうのである.

私が稽古している武道では,演武を採点する必要が
ある場合には(競技大会の審判など),
加点法でやりなさい,との指導がある.
なにができていないか,ではなく,
なにができているか,というところに注目する.
それが人を指導するものの考え方だというのである.

そうした指導は道場では受けているのだけれど,
日常においてはついつい忘れてしまう.
また,(試験の採点もそうだけれど)評価は
減点法の方が楽なのである.
しかし,やっぱり教育というのは,
楽してはいけないのだなぁ.
気をつけよう...


コメント

このブログの人気の投稿

原発1基分をまかなう太陽光発電システムは

「遮断機」と「遮断器」

Categorize me!

電力需給バランスが崩れるとなぜ周波数が変化するのか

「サチる」に「ネグる」

三船敏郎の殺陣のすごさ,香取神道流の技

眠狂四郎「円月殺法」とは