9月初旬,奈良春日野国際フォーラムで開催された国際会議のあと,奈良公園の中にある「志賀直哉旧居」を訪問することができた。昭和初期に志賀直哉自身が設計し建築した半和風・半洋風な邸宅なのだけれど,現在は奈良学園のセミナーハウスとなっている(見学可)。
志賀直哉の美的センスが感じられる美しい建物で,あちらこちらに志賀直哉自身のアイデアが実現されていて趣がある。たとえば,柱もきれいに切り出された木材を使うのではなく,いくつかの面は野性味を残したものが使われていたり,それでいて「葦」を使った天井や,竹を編んだ素材を使った天井などの洒脱なつくりになっていて,各部屋を見て回って発見するのが楽しい。
当日は,館長にご案内,解説いただいたので,それらの工夫を見逃すことなく楽しむことができた。中でも一番驚いたのは志賀直哉の設計ということなのだけれど,彼は別に建築家ではないので,デザイン通りに家を作ったら畳や襖の大きさが定形ではなくなってしまい,現地合わせでそれらが作られているということである。確かに同じ部屋でも右面と左面の襖のサイズは違っていた。こんな設計は普通許されないものだろうけれど,財力にものを言わせて成立させてしまっている。驚くというよりも呆れてしまった。
いくつも志賀直哉の心遣いが感じられて,非常にリラックスして過ごすことができる住まいなのだけれど,もっとも素晴らしいのは窓から見える若草山,三笠山などの風景である。四角い窓で切り取られた景色は,まさに絵画のように美しい(って,凡庸でダサい表現だけれど仕方がない)。二階の角部屋は左側の窓からは若草山,右側は三笠山を同時に切り取って見ることができ,まだ夏の奈良の緑を大いに楽しむことができた。志賀直哉も,若草山焼きの際などには近くに住んでいた多くの弟子を招待して,この部屋から景色を楽しんでいたとのことである。
一方,一階にある彼の書斎の机もペンが机から落ちないような工夫がされていて面白かった。彼が「暗夜行路」を書いたのはこの机かと質問したのだけれど,残念ながら執筆時は暑い季節で二階の涼しい部屋で書いていたのではないかとのことであった。
書斎の机。縁取りがされている。 |
ここは高畑サロンと呼ばれ多くの人が訪れたそうで,会合用の大きな洋室も準備されている。広い中庭に臨む石張りのサルーンで,大きなテーブルを照らす天井からの陽光が気持ち良い。端には3つの円を重ね合わせたような不思議な形をしている机もあって,そこに座って眺める庭の風景も心をなごませる。
不思議な机。少し気取って庭を眺めるの図。 |
実はこの旧居を訪ねるのは今回で3回目なのだけれど,また来たくなってしまう魅力に溢れた建物になっている。この旧居を訪れることによって志賀直哉という人の「とんがり具合」を知ることができるのが一番の魅力である。ぜひおすすめしたい。
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