著者の近藤孝洋氏は,私が高校に入って武道を始めた頃から私にとっては気になる武術家で,当時はもっぱら太極拳の修行者であると認識していた(知る人は少なかったけれど。しかし,1980年代終わりごろには,「原説・太極拳」を出版している。こちらもかなり難解な内容である)。
しかし,私が驚いたのは,彼が動画で話しているところによれば,彼はあの伝説の書籍「鉄砂掌: 中国拳法・秘伝必殺」の著者である武術家・龍清剛の流れを汲む流派で中国武術を学んでいたということである(その他にも日本の武術も学んでいるとのことだけれど,師匠の名前はあいまいにしている)。それは過酷な修行であったと思われる。彼が若い頃に太極拳(陳家)の演武をしている動画も見たことがある。かっちりとした技をする人だと思ったことを覚えている。
本書で彼は,カルロス・カスタネダやインドの行者の言葉も引いていて,そうした観点から武術の極意を理解しようとされている姿勢も尊敬できる。近藤氏の考えでは,武術の極意をつかむには,武術の師匠だけでは十分でなく,霊性の師が必要だという。例えば,柳生には沢庵和尚,針ヶ谷夕雲には虎白和尚,山岡鉄舟には滴水禅師,植芝盛平先生には出口王仁三郎,藤平光一先生には中村天風先生,といった具合である。ある程度の境地に達したあとは,そうした精神的な指導者が必要なのかもしれない。
とはいえ,私はまだまだ自分の心のコントロールでさえもまともにできない,低次元のレベルでとどまっている修行者なのである。本書で解説されているレベルには到底届かない。こうした武芸書を読むと自分の未熟さがほとほと嫌になるのと同時に,武道というたいへんな人類の至宝とも呼べる文化に触れているということの幸運を感じる。