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足が短いということ

ユニクロでズボンを買った。 アンクルパンツという自宅待機に楽そうな,布が伸びて腰回りがルーズなズボン。ゴムや紐で腰まわりを締めるから,ウェストのサイズもインチで決まっていなくて,SMLというサイズで売っている(腹回りからもちろん私はL)。では足の丈はどうやって調節するのだろう。そう疑問に思って試着室に行くときに店員さんに訊いてみた(ちなみに店員さんは天井から下げられた透明のビニールの向こうで応対してくれた)。 「こちらはアンクルパンツでして,もともと短めの長さになっております。試着していただいて調節が必要であれば,またお申し出ください」 という。そんなもんかと思い,試着室へ。おそるおそる履いてみると,ズボンの長さは(普通のズボンでいうところの)ピッタリの丈。アンクルパンツというくらいだから,本来丈はくるぶしの上のはずなのだけれど...まぁ,これから普通のズボンとして履くことにして,長さはそのままにした(しかし,これでまた足が短く見えるだろう)。他の人はきっと足が私より5cmは長いのだろう。 昔からそうだった。大学生の頃から変わらない。 大学時代,私はジーンズばかりを履いていたけれど,現在のようにユニクロで安価で品質の良いジーンズが売られている時代ではなかったから,履くのはリーバイス,リー,エドウィン,ビッグジョンなどのジーンズメーカのジーンズだった。なかでもリーバイスが好きだったから501を履いていた。ご存知の通り501の特徴は,ジップフライではなくてボタンフライであること,そしてストレートなのだけれど足先に向かって急に細くなっていくシルエットであることなんだけれど,私の足の丈にあわせてズボンを直すとその肝心の細くなっていくかっこいい部分をいつも切り落としてしまうのだった。そして501は結局普通のストレートと変わらないシルエットになる。私はスティーブ・マックイーンやジェームス・ディーンにはなれなかったのだ(当たり前だけど)。 結局,年をとっても足は伸びない。そのことを実感する買い物だった。

家に籠もって何をするか

私はまったくのインドア派なので,自宅に籠もることは全然苦にならないのだけれど,それにも増して苦にならないのは,人とコミュニケーションをとらないことである。私は人と話すことは決して嫌いではないのだけど,実は人と話さないことも全然苦にならない。だからこの自宅自粛も全然問題ないのだ。 この大変な時期だけれども,せっかく人と会わずに自宅で籠もることができるので,不謹慎だけれど,なにをしようかと思うとワクワクする。 昔から私は籠もることに憧れていたのだ。大学生のころは山にでも籠もりたいと思っていた。空手バカ一代に憧れていたからか,自分を特訓する機会が欲しかった。しかし,陽明学を知って人里離れたところに籠もるのは俗にいう洞穴学者だと思うようになって,「事上磨練」を目指したいと思うようになった。それでもどこかに籠もって修行することへの憧れは学生時代からずっと持ち続けている。それが今実現できるかもしれないのだ。 籠もることによって何かを得るという話は古来多々ある。 古くはダルマ大師。洞穴に籠もって9年壁に向かって座り悟りを得たという。禅の始まりである。吉川英治の宮本武蔵だって,(史実じゃないと思うけれど)姫路城に3年間幽閉されて学問を深めたことになっている。黒田官兵衛も1年間城に閉じ込められた。官兵衛は足を不自由にしてしまったが,その1年は深く思索する時間にもなったのではないかと思われる。 私もこの機会をなんとか自分の成長につなげたい,と思うのだけれど,なかなか踏み出すことができない。そこに凡人と偉人との違いがあるのだろう。 その他私が好きなのは,形意拳の郭雲深のエピソード(これも史実ではないのだけれど)。3年間牢獄に手枷,足枷でつながれ,身体の自由が奪われていた時期に,そうした状態でも練習ができる虎撲子という必殺技を身につけたという。 さて,私はこの時期にどんなスキルを身につけるのか。 あと一週間。短すぎるかな。 #Convict Conditioning でも始めようかとは思っているのだけど...

自宅待機になって変わったこと。

新潟県でも知事が休業要請を大学にも出したということで,私の勤める長岡技術科学大学も4月22日から休業ということになっている。しかし,すでに3月末には学生は登校が禁止されていたし,既に講義もWebで行うことが想定されてた。で,22日からの要請で何が変わったのかというと,それは教職員の通勤が禁じられたということである。すなわち,大学への入構が禁止されたのである。よほどの事情がなければ入構できない。これがたいへん困ったことなのである。 実は大学が休業になったといっても,大学は休みじゃないのである。講義は相変わらずWeb授業で行うし,研究室の学生ヘの指導もメールや遠隔ミーティングで行うのである。 これまでWeb講義は,私の大学の居室から行えばよかった。それが自宅から行わなければならなくなってしまったのである。仕事も自宅で行わなければならなくなってしまった。私は自宅で仕事をするのが嫌だから,仕事をするときには休日でも大学に行っていたのに。 とにかく生活が変わってしまった。それにあわせていろいろと変えなければいけないことがあった。そこで,自宅で仕事をするようになって変えたなと思ったことを思いつくままに書いていく。 - 部屋を掃除した。 もしかすると自宅の部屋がWeb会議などで映ってしまうかもしれない。まずは仕事をするスペースを作ること,そしてカメラの映りの見た目を良くすること,を目的に掃除をした。 - 身だしなみにますます気をつけなくなった。 これはあんまりいいことではないけど,いつもジャージでいるようになった。 - もっとひどいのは ヒゲをそらなくなった こと。外へ出るときもマスクをするので,ヒゲは伸び放題。このままでは自粛期間が終わる5月6日ころには私の見た目はアラブ人のように立派なヒゲをたくわえているに違いない(まぁ,その前に剃るだろうけど) - 光熱費がかかるようになった 。まだ請求は来ていないけれど,たぶん倍増,いや3倍増くらいになるのではないかと恐れている。 - 食費が意外にかかる 。もともと私は外で飲む機会は少ないので,飲み代が急に減ったというようなことはないのだけれど,これまで学食で安価に食事をしていたのが,テイクアウトや弁当が中心になったので食費が随分とかかるようになった。実は家には,ガスコンロも瞬間湯沸かし器もないのだ。だから...

忠臣蔵 「大石東下り」をみてほしい

今日は気づけば12月14日 .忠臣蔵,赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日である. 私は時代劇が大好きだけれど,若い頃はどうしても忠臣蔵を好きになれなかった.どうも辛気臭い話が多くて,剣豪が活躍する話があまりないからだったかもしれない.でもこの年齢になると忠臣蔵の講談が心に染み入る.本当に胸にグッとくるようになった.自分もトシだなぁ,と思わずにはいられない. 忠臣蔵といえば講談で,その数は300席程度は優にあるといわれる(講談師「冬は義士,夏はおばけでメシを食い」といわれるくらいだし).当然,そのすべてを聞いたわけではないのだけれど,私が好きなエピソードのひとつは「大石東下り」である.「赤垣源蔵 徳利の別れ」とか「天野屋利兵衛」とか,いずれも思わず胸が熱くなるような話なのだけれど,この「東下り」は,武士たるものはこうありたい,男たるものはこうありたい,と思わせる話なのである. このエピソードの内容は,まぁ言ってみれば忠臣蔵における「勧進帳」というべきもので,「垣見五郎兵衛」を騙った大石内蔵助のもとに本物の垣見五郎兵衛がやってきて,絶体絶命になるのだけれど,垣見も人物で,大石の事情を見抜き自分が偽物だと告げて去っていくのである.この際,垣見であることを証明するはずの書面を大石が垣見に見せるのだけれど,それは当然白紙なのである.その後,この大石と垣見が見つめ合い,腹のさぐりあいのシーンが映画やドラマでの見どころになるのだけれど,これがたまらない.しかし,ここでは両者が無言で腹芸を見せるわけなので,この無言の時間に耐えうる役者の器量が必要になる.そこで問いたいのが,今,それができる役者はどこかにいるのだろうかということだ.それが今,忠臣蔵が映像化されない理由なのだろうと私は思っている. ある講談師の方が「忠臣蔵のテーマは「別れ」である」と喝破されていたそうだけれど(神田松之丞さんの話されていた),この「東下り」は「別れ」がテーマではない.武士と武士,男と男の腹芸である.こんなファンタジーに涙する.私も日本人なのかな,とも思う.若い頃の私のように忠臣蔵を食わず嫌いの人には,ぜひ「東下り」をおすすめしたい.こんな大人になりたいと思うこと間違いない.

SMAPの歌う「世界に一つだけの花」

私はカラオケに行くことがめったにない.誰かに誘われたときにだけ行くのだけれど,それでも「女の子がいるときしか歌わない」と逃げているので,歌うのは一年にだいたい一回程度である.社会人になった90年代からずっとこんな感じだから新しい歌を覚える機会なんてなく,私が歌うのはすっかり20~30年前の古い曲ばかりなのである. だからカラオケに若い人が一緒だと選曲に困ってしまう.やっぱり彼らにもわかる歌を歌いたいとは思うのだけれど,小沢健二でさえ20代の若者にはわかってもらえない.そこでなんとかやっと歌うのがSMAPの「世界に一つだけの花」なのである.実は今夏も一回,この曲を歌っている. しかし,この歌は歌ってみるとわかるのだけれど意外に難しい.最初から同じようなメロディーが何度も繰り返されるから,それらを毎回同じ様に歌ってしまうと,聞いている方も歌っている方もなにか飽きてしまうのである.つまらない.これを上手に聞こえるように歌うのは本当に難しいと思った. SMAPが歌ってみんなを惹きつけることができるのは,同じようなメロディーが繰り返されても5人が歌い継いでいって,彼らの個性がそれぞれ現れるからなのだろう.私はこのことに気づいたときにラヴェルの「ボレロ」を思い出した.ボレロではメロディーが2種類しかない.これを最初から最後まで1回のクレッシェンドで何回も繰り返し続けるだけなのだけれど,次々と異なる楽器で演奏されるため音色が変わり最後まで飽きることがない.そう,「世界にー」は「ボレロ」なのである. これを一人で歌って聴衆を飽きさせないことができるとしたら,それは相当の力量だと言える.そしてそれは私が知る限り,この曲の作者である槇原敬之である.彼の圧倒的な歌唱力はそれを可能とさせる.まだ他に彼ほどこの曲を「聞かせる」歌い手を他に聞いたことがない. ということで,私がカラオケでこの「世界にー」を歌うとみんながつまらなそうになる.申し訳なく思うのだけれど,私が歌える歌の中で一番みんなが知っていそうな曲はこれなのだから仕方がない.私に槇原敬之の歌唱力を求めるのは無理なのだし.

冬が来た

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冬が来た. 長岡ではこの数日,冷たい雨やミゾレ,アラレが降り,ときには雷が鳴ってヒョウが降っていたのだけれど,とうとう昨日から雪が降り始めた.今シーズン最初の本格的な雪なのだけれど,先日からの冷え込みで初雪から雪が積もっている.長岡技術科学大学は山の方にあるので市街よりも雪が深いようで,昨晩帰るときには駐車場で車が雪に埋もれている状態だった. 先週末,スタッドレスタイヤに履き替えておいてよかった.今朝,通勤中に何台かの車がスタックしたり脱輪したりしているのをみてそう思った.12月のこの時期にこんなに積もるなんてビックリする.タイヤは結構な値段がしたけれど,それでも安全には代えられない.少しは安心できる. また,研究室の学生のみなさんに話を聞いていて,「除雪ブラシ」なるものが必需品だと知った.スタッドレスタイヤとともに購入しておいたのだけれど,これが本当に必需品.車に積もった湿り気のある重い雪を落とすのもかなり難儀なのである.それがこのブラシさえあればあら簡単.すばらしい働きぶりである.無ければどんな悲惨な結果になっていたか,考えると恐ろしいほどである. 今朝は,ヒートテックの下着にズボン下,そして貼るカイロにダウンコートとフル装備で来たのだけれど,ひとつ足りないものがあった.それは長靴である.長靴を買うのを忘れていた.今日は合皮のスニーカーで来たのだけれど,もうビショビショでひどいものである.雪は水を含んでビチャビチャだし,その上思わぬところから融雪パイプの水が飛び出したりしていて足回りはすっかり濡れて冷え切ってしまっていた.学生のみなさんの言葉を聞いて,長靴も早めに用意しておけばよかったと後悔. あと必要なのは,ブーツかな.スーツに長靴というわけにはいかないだろうから.それと長靴で運転するのは疲れそうだから,ドライビングシューズとして履き替えの靴が必要だ. 冬支度はお金がかかる.そして雪かきには労力が必要だ.運転には最新の注意が必要だし,部屋の暖房,衣服の洗濯など頭の痛いことが多い.それでも,こうして経験を積んでいけばいつか雪国の生活にも慣れることができるだろう.40年以上ぶりとはいえ,昔は長岡に住んでいたのだから. 昨日まで雪なんてなかったのに! (居室からの景色)

世界最初の原子炉シカゴパイルが臨界に達した日

今から77年前の今日,1942年12月2日に,シカゴ大学において人類史上科学技術の大きな一歩となった実験が行われている. 歴史上初めて原子炉CP-1,すなわちシカゴパイルが臨界に達したのである.1939年に核分裂反応が発見されてからわずか3年ちょっとの後に原子炉が製作され,臨界に達していることは非常に驚きである.そして1945年には原子力爆弾が投下されている.平和利用を目的とした原子力発電は戦後ずっと経ってからであるけれど,それでも1950年代半ばにはもう原子力発電所は稼働している. 軍事のマンハッタン計画によって莫大な資金の後押しがあったことも大きく影響しているのだろうけれど,実用化まで本当に速いペースで進められたことに本当に感心させられるとともに,当時人類が核エネルギーを初めて手にしたことの興奮が伝わってくるようである. 以前にシカゴ大学を訪れたときに,ヘンリー・ムーアの彫刻「核エネルギー」を見た.シカゴパイルの実験を記念して設置されたものである.もちろん,それは原爆という最悪な兵器の端緒にもなったもので,私も複雑な気持ちにはなったけれど,一方でやはり人類が制御可能な核エネルギーを手に入れたという記念でもある.核エネルギーをプロメテウスの火と呼ぶ人もいるけれど,これから人類が宇宙に進出するためには不可欠なエネルギーでもあり,21世紀に必要なエネルギーであることは間違いないと私は思う(原子力発電所が最良の適用先であるかどうかはわからないけど). 一方,核融合炉はいまだ定常運転できるレベルに達していない.核融合反応が発見された1920年代ころからすでに100年が経とうとしているけれど,核融合炉が実現するにはあと50年はかかるだろう.核融合で動くガンダムやアトムも,そしてバック・トゥー・ザ・フューチャーのデロリアンも当分実現できそうにないのが悔しい.