眠狂四郎の「円月殺法」はフィクションだけれど,「大菩薩峠」の主人公 机竜之介の「音無しの構え」には実在のモデルがある.それは幕末の剣豪,高柳又四郎の「音無しの剣」である.
机竜之介の「音無しの構え」は,相手と剣を打ち合わせることなく勝ちを得るという恐るべき剣法として描かれているらしいのだが(正直に言うと,中里介山の「大菩薩峠」は未読である.すでに青空文庫にも上がっているのだけれど,あまりの膨大な量に始めの部分を少し読んで怖気づいてしまったのである),実際の高柳又四郎も道場において竹刀を打ち合わせることなく勝負を決めていたというのである.だから彼の剣術は「音無しの剣」と呼ばれていた.
高柳又四郎が在籍していたのは小野派一刀流中西派の道場だというから竹刀で打ち合う稽古が盛んであったことは間違いない.そこで竹刀を打ち合わせることなく,勝ちを得ていたというのだから,相当の腕前である(ただし,高柳が中西道場にいたから彼の流派が一刀流であるとはいえない.他流を学んだ後,別の道場に籍を置くということも比較的普通に行われていたからであり,中西道場には他に寺田五右衛門,白井亨なども在籍していたけれど別に道場主の中西子正に学んだわけではなく,道場主の後見人だった).
果たしてそんなことができるのかと思うけれど,私が稽古している合氣道でも剣を打ち合わせることはないと教わる.鍔迫り合いなんてやってはいけないと.これもいろいろ理由があるのだけれど,とにかくチャンバラ時代劇のように剣と剣を打ち合って火花がでる,なんてことはしないのである.それこそ音無しの剣なのである.
もちろん,剣を普通に打ち合う流派もたくさんあって,例えば新撰組の池田屋事件の際には,沖田や永倉の剣は折れたり刃こぼれしたりしたというのから相当打ち合ったのだと思われる.近藤の自慢の虎徹(と彼が信じている剣)は無事だったらしいけれど.
あるいは馬庭念流は鹿島神流などでは続飯付と呼ばれる鍔迫り合いの技法が確かに存在しているので,別に技法が無いわけではないのである.
しかし,刀の刃こぼれ,折れなどを考えれば刀など切り結んであてることはしないに越したことがないとは私も思う.なので,私は私が習ったとおりに「音無しの剣」を目指して稽古していくつもりである.
高橋英樹さんがインタビューで答えていたけれど,先日亡くなった松方弘樹さんと時代劇で共演した時,一度も刀を打ちあうことなく撮影が終わったのだという.別に殺陣がなかったわけではなく,松方さんが絶妙の太刀さばきで,あと1mmというところで太刀をピタリと止めていたのだという.もちろん刀を痛めないためである.それは撮影の技術なのかもしれないけれど,「音無しの剣」を思い出した次第である.
2017年6月7日水曜日
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