2023年7月2日日曜日

劇場版 呪術廻戦 0:恋愛は呪いか

 そういえば,ずいぶん前に「劇場版 呪術廻戦 0」を観たのだけれど,そのことを書き忘れていた。書き忘れていた理由は,自分がそれほど感情的に盛り上がらなかった,ということではあるのだけれど,面白くなかったということでもない。

ところで,漫画とアニメの「呪術廻戦」のヒットはいろんな影響を及ぼしている。先日もオカルト関係のテレビ番組をちらりと見たのだけれど,呪われた人形などを「呪物(じゅぶつ)」と呼んでいた。オカルト好きの私だけれど,昔は「呪物」などという呼び方は一般的ではなかったと思う。「特級呪物」なんて呼び名にいたっては聞いたこともない。こうした呼び名が一般的になっているのだから,作品の影響力の大きさを感じる。

しかし,この作品は呪術や宗教の歴史背景をいろいろ調査したうえで描かれているようで,それには本当に感心させられる(たぶん優秀なスタッフがついているのだろう)。呪術を駆使した戦いなどは基本的には漫画オリジナルだけれど,ところどころに本当の呪術やその流派を思わせる設定などがあって,観ていてはっと気付かされる。本当のことをあちらこちらに少しずつ散りばめていることによって,作品の世界観の枠組にリアリティをもたせようとしていて,それは成功しているようである。インターネット全盛のこの世の中,嘘ばかりでは読者が興味を持ってくれないのだろう。クリエイターにとってはつらい世の中になったものである。

さて,映画の内容だけれど,主人公は本編とは違う乙骨憂太。彼は幼い頃に仲の良かった折本里香が交通事故で亡くなるのを目の当たりにしてしまったばかりに,彼女の霊・呪いが彼に固定されてしまう。そのため,彼の周りでは不思議なことが起こるようになり,彼は結局呪術高専に入学し,彼自身の呪いを解くために修行を積む。そして,呪術者による世界の支配をたくらむ一派と戦って...というお話。

私がこの作品を観て思ったことは,「結局,人間の恋愛というのは一種の呪いなのだ」ろうということ。相手への独占欲,嫉妬,そうしたものを生む恋愛感情は呪いに非常に近しい。もしも,そのように相手を束縛するものは本当の恋愛ではないというのであれば,そうした負の感情から開放されたものを逆に恋愛感情と呼べるのだろうか。あるいは本当の恋愛とはどういった感情にもとづくものなのだろうか。そんな,これまでに何度も何度も繰り返されているテーマをまた思い出しただけである(結局,こうした議論は安易に神の愛にまで昇華されてしまうことが多くて,ちょっと辟易気味である)。

しかし,映画の画力はすごい。観ていると,戦闘シーンの疾走感が素晴らしく,深い没入感を味わえる。しかし,この映画の美しいエンデイングを素直に受け止められるほど,もう私はピュアではなかった。ということで,評価は星3点。★★★☆☆(5点満点)。

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