学生の就職活動に必要なものとして,名刺入れを持つことを薦めている。訪問先の人事やOBの方から名刺をいただいたときに,そのしまい場所に困ってしまうからだ。もちろん,学生自身の名刺を作って入れておき,あいさつに配るのもよいだろう。ということで,私の娘の誕生日プレゼントに名刺入れをあげたこともある。
私の名刺入れはもう30年近く使用している。購入した時の経緯はいまでもよく覚えている。
国際熱核融合炉ITERの建設地として,世界のいくつかの都市が立候補することになった。日本ももちろん立候補するのだけれど,当時は,北海道苫小牧市,青森県六ケ所村,茨城県那珂町の三か所が国内で名乗りをあげ,日本としてこの3つから1つをまず決めるということが必要だった。
候補地を決めるためにはいくつかの立地条件等を検討する必要があって(水や地震,飛行機事故の確率,研究者の家族を含む生活環境など),日本原子力研究所に勤めていた私は当時の核融合担当理事と一緒にITERの電力の受電条件を満たすかどうかを検討する仕事を始めた。まず理事とITERの設計チームの上長と私の3名で,電力中央研究所,電力会社等々を回っていろいろな情報収集,根回しをし始めた。
理事と一緒にあいさつに回るのだけれど,それまで現場で作業していればよかった私はスーツを着て外回りするのが珍しかった。そのため名刺ひとつ作っていなかったのである。どこだったかの偉い人に挨拶をしたときに,「すみません,私には名刺がありません」と名刺を渡さず謝っていたのを見て,理事が出張帰りに「それじゃ,あかん」と私を怒ってくれたのである。
名刺は自分で作成して印刷すればよかったけれど,名刺入れが次の出張に間に合わない...そこで出張前に地元の文房具屋に入ってあるものを購入したのが現在使っている名刺入れである。革製だけれど,決して値段の高いものではなかった。そもそも地元の文房具屋なので選択肢がなかった。「まぁ,そんなに高いものではないから,いつかの時点で気に入った良いものに買い替えよう」と思って購入して,はや30年近く使い続けている。「HIROKO HOSHINO bis」のロゴが一度取れてしまったけれど,接着剤でまたつけて使っている。購入した時は思い入れなどなかったけれど,こうして長年使っているとそれなりに愛着を感じてしまうのである。
もしかするとこのまま仕事を引退するまで,いや私が活動をやめるまでこの名刺入れを使い続けるかもしれない。そしてこの名刺入れを見るたびに,私を怒ってくれた今は亡き理事の「それじゃ,あかん」の言葉を思い出すのである。
30年以上使い続けている名刺入れ |
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