2025年5月25日日曜日

カプチーノとの邂逅

 私は昭和生まれだから,昭和,平成,令和と時代の移り変わりをそれなりに見てきた。現代はとにかく情報が伝達・共有されるのがそれまでに比べ異常に早いことが特徴だと思っている。新しい製品,新しいファッション,新しい曲,そうしたものが世に出るとあっという間に広がって,世の中の常識的な知識になってしまう。昭和の頃はテレビで広がるのがやっとだった。

そうした昭和の時代,私が初めて食する食べ物に驚愕することが多々あった。今では当たり前にネットを通じて新しい食べ物の詳細な情報,味,入手方法などの情報を即座に得ることができるが,昭和の頃,たとえそれが雑誌で紹介されても,どんなものなのか全然想像がつかず,まして味なんて予想もできなかったからである。

今回は,私が初めてカプチーノを飲んだときの話。現在においてはカプチーノがどんなものかなんて誰もが知っている。ファミレスに行けばドリンクバーにだってメニューのボタンがついている。ボタンを押せば,コーヒーが,そして多めの泡立ったクリームが出てくる。しかし,私が大学1年生の頃(1986年),ネットなどまだなく,カプチーノはまだまだ謎の飲み物だった。

大学に入学してからしばらくして,東京のあちらこちらに行っていろいろなものを見てみようという余裕が出てきた頃のこと,私は大学で同じ高校出身の同期生と一緒に渋谷に観光に出かけた。自分がどんな服を着ていたのか思い出せないのだけれど,友達はジーンズと赤のチェックのシャツだったのを覚えているから,たぶん私も似たり寄ったりの服装だったのだろう。

渋谷から公園通りを抜けて原宿へ行こうと坂を上っていく途中で,コーヒーでも飲もうということになった。とはいえ,格式のある喫茶店は敷居が高いので,ちょっとファミレス風のコーヒーとスイーツのお店に入った。店は白い壁,対面のテーブルに赤いソファー。それだけで田舎者の私たちは舞い上がった。

そしてメニューを見て,目についたのが「カプチーノ」の文字。「三浦君,飲んだことある?」「いやない」「これいってみよう!」ということで二人ともそれを注文をする。今みたいに注文用タブレットなどないから,ウエイトレスさんに声をかけて,田舎者と思われないように注文をした。

しばらくして,カプチーノらしきものが2つ運ばれてきた。まずはクリームがたっぷりのったコーヒーカップ,そして驚愕したのが,その隣に一端をまるでクリスマスのチキンみたいに銀紙でつつまれた黒い木の小棒であった。

ウエイトレスが私たちのテーブルから立ち去って行ったあと,私たちはそれぞれその小枝を手に取ってみた。固くて黒茶色。食べ物ではないというのはすぐにわかったけれど,どう使ったらよいのか最初ほとんど理解できなかった。周りを見回しても,同じものを頼んでいる人はいなかった。

しかし匂いを嗅いでみるとニッキのにおいがする。そこでようやくシナモンだということを理解した。この小枝を噛んで風味を味わうのかとも少し思ったけれど,友達が「これはこうするんじゃね?」と言っておもむろに小枝でコーヒーをかき混ぜ始めた。「それだ!」ようやく私も合点がいって,シナモンスティックでコーヒーをかき混ぜ始めた。これが正解に違いない,そうは思いながらも人生初めてのカプチーノを,他の客の視線を気にしながら飲んだことを今でもよく覚えている。「シナモンの香りなんてかき混ぜたぐらいじゃコーヒーに移らないよ」と思ったことも。

これが私の初カプチーノ体験であった。笑い話でしかない。しかし,現代ではこうした新しい感動を得るのは難しくなっているような気がする。ある意味,現代人はかわいそうである。だからこそ,みな新しいものを探して右往左往しているのだ。

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