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SNSのおかげで対面のコミュニケーションのハードルが高くなってきている

 現代はSNSが発達し,コミュニケーションの方法が多岐に渡っている一方で実はそれぞれのコミュニケーションの質が落ちているような気がしている。 InstagramやTikTokなどを用いて私たちは数十年前にはできなかった画像や動画付きの発信が容易にできるようになった。しかしそれらはどうしても発信者からの一方通行であることが多く,受信者からの情報が発信者には届きにくい。 双方向コミュニケーションでいえば,以前の音声だけの通話に比べ現在はビデオ通話ができるではないか,という意見もあるだろう。確かにビデオ通話は大きな進歩である。例えば,祖父母と孫がいつもビデオ通話できていれば,実際にあった時に孫が「このおじいさん,おばあさんは誰?」と戸惑うこともないだろう。音声だけでなく,表情や身振りは電話では伝えることができない重要な情報である。 双方向のやり取りができるものとして最も使われているのは,LINEなどのテキストベースのツールだろう。しかし,こうした文字だけのツールではどうしても伝えきれない気持ち,雰囲気がある。送るテキストの不十分な短さがそれを増長している。だから顔文字みたいなものが発明されてきた。 結局,こうしたデジタルデバイス(電話はアナログだけれど)を介したコミュニケーションでは伝えきれない情報があり,そのためにいろいろな問題があることをみな毎日のように痛いほど経験している。 しかし,一方でこれらのデバイスに頼れば対面でコミュニケーションをとらなくて良いので気が楽なのも事実である。対面で謝るよりもテキストで謝った方が楽であるとか,テキストメッセージの方がこちらの様子が伝わらなくて都合がいいという場合も多々ある。いや,実際には対面でコミュニケーションをとるよりも,ずっとテキストベースの方が楽である場合の方が多い。それはこちらが伝える情報が対面よりもずっと絞られるからである。 こうして考えると,対面でやりとりされる情報がいかに多いかを思わざるを得ない。私たちは「 メラビアンの法則 」をあげるまでもなく,話の内容だけでなく,相手の身体の姿勢や表情・視線,身振りなどの視覚情報や,語調や声の高さ,スピードなどの聴覚情報によって,コミュニケーションを成立させている。テキストメッセージ(言語情報7%のみ)がいかに楽で、逆に対面(残り93%の非言語情報も処理)がいかに脳に負担...

白Tシャツで挑むカレーうどんと、あの夏のカレーの思い出

 テレビのCMではないけれど,夏になるとカレーライスが食べたくなる。それもちょっとスパイシーなカレー。食べるとしばらくして額に汗が浮かんでくるような大人の辛さが好きである。 日本人にはカレーライスを大好きな人が多い。「カレーは飲み物」といまだに言っている人もいるし,カレーを食べながら,「おどば阿蘇山たい!怒ればでっかい噴火山たい!」と叫んでいる人もいる(いや,いない)。昔は給食の人気メニューだった。おかわりのためにナベの前に子供たちが列を作っていたものである。いまでも子供たちの好きな給食メニューにカレーは含まれているのだろうか。 こだわりのカレーを提供する店も多くてそれぞれの店に特有の味がある。学生時代は古本をさがしに東京の神田をウロウロすることが多かったけれど,神田は古本だけでなくカレーの聖地だった。ちょっと一杯の値段は張るけれどいろいろなカレーを試すことも神田の楽しみだった。 渋谷にはボルツというお店があって,たしか辛さ30倍くらいのカレーも提供されていたような記憶がある。激辛カレーのはしりだったと思うのだけれど,そこで出されるトウガラシのピクルスなどさえも辛かった(チャツネは甘辛かったけれど)。今もボルツはあるのだろうか。 私が住んでいた自由が丘では,自由が丘デパート(?)2階にあった「レインボー」というお店によく行っていた。卵カレーを食べていたかな。スパイシーということではなかったけれど飽きの来ない味だったから(そして値段もそこそこだったから),ときどき訪れていた店だった。以前自由が丘を訪れた際に思い出してレインボーを探してみたけれど,残念ながら見つけることはできなかった。 一方,新潟では万代バスセンターのカレーが有名だ。典型的なそば屋が出す黄色いルーのカレーで,真っ赤な福神漬けと合わせて,昔ながらの味が提供されている。私が食べたのはミニサイズだったけれど,それでお腹がいっぱいになるくらいだったからコストパフォーマンスも良い。店に行くと長い人の列ができていて驚くけれど,基本,立ち食いなので席(?)の回転率は良く,意外と早く順番が回ってくる。昭和のカレーライスが好きな人にはぜひおすすめである。 ここまで私の好きなカレーライスについて話してきたけれど,実はカレーうどんも大好きである。ただカレーうどんも最近は高価格になってきた。東京駅の古奈屋というチェーン...

筋トレに本当に必要なのは「S・M・N」の三要素?昔の自分が鏡の前で学んだこと

 最近,24時間営業しているトレーニングジムがあちらこちらにできたり,マッチョな芸人が増えているのを見たりしていると,現在は相当なトレーニングブームなのだなと実感する。それだけ健康志向が強まっているのだろう。まぁ, トレーニングは自己肯定感を上げるために行うものであって,ダメな生活への免罪符である と思っているから,それだけつらい毎日を過ごしている人が多くなってきたということなのかもしれない。また他のレジャーに比べ時間が縛られず,比較的安価に続けられることも理由のひとつなのだろう。 私も大学時代,一時期ウェイトトレーニングに熱中していて,バーベルやダンベルなどのフリーウエイト,そしてドラゴンフラッグなどの自重トレーニングを,毎日のように行っていた。そして鍛えられた身体を鏡に映して悦に入っていたものである。 その頃, トレーニングにはS・M・Nの三要素が必要 だと思っていた。 まず,Sとはサディズムである。トレーニングとはどれだけ自分を苛め抜けるかという精神力が必要であると思っていた。肉体を苛めることに快感を感じるようになれば最高である。ウエイトを増やし,自分を苛める。この傾向がなければトレーニングは始まらない(現在のトレーニング理論では少しでもやりすぎるとコルチゾールが筋肉に悪影響を及ぼすことが知られているけれど)。 次に,Mとはマゾヒズムである。肉体を苛め,つらさや痛みを感じることが快感になるところまで自分を洗脳する。ゾクゾクして身体に与える負荷を増やすようになれば,トレーニングは自然と進む。 そして最後のNはナルシズムである。私はこれが一番大事な要素だと思っている。なぜならトレーニングで大切なのは全身がうつる姿見の鏡に毎日自分の身体を映してチェックすることだと思っているから。トレーニング後にパンプアップした全身の筋肉に惚れ惚れする。あるいは風呂上りに,大胸筋をピクピクと動かしたり,脂肪がそぎ落とされた腹斜筋にうっとりしたりするのだ。この自己陶酔が続く限り,トレーニング熱は続く。肥大していく筋肉こそ自分ができる人間であることを感じるようになったら,もう万全である。 ではなぜ現在,私はトレーニングを続けていないのだろうかと考えてみる。それは,S,M,Nのどの要素も昔に比べて自分の肯定感に影響を与えなくなってしまったからではないかと思われる。特に,N(ナルシズ...

学会の休憩時間はAIの情報交換の場になっている

 最近,学会に参加するとあちらこちらでAIの話題で盛り上がっているのを見かける。参加している学会はもちろんパワーエレクトロニクス関係のものでAIの学会ではない。しかし,会期中のコーヒーブレイクや昼休み,はては夜の懇親会まで,AIをどのように使っているか,という情報交換の場になっている。 実は,私がAIの存在を意識し始めたのはちょっと違っていて,都立大学の某先生から3~4年前からAIを使うべきだと強くお勧めをいただいていた。生成AIであるChat GPTが公開されてから一部で話題になっていたのは知っていたけれど,正直こんなに便利だとは思ってもいなかった。そして現在,ようやく重い腰をあげて私も使うようになったのである。 いくつかの生成AIを目的によって使い分けている人も多く,議事録作成だったら****,メールとの連携を考えるとXXXX,またコード生成だったらOOOOなどと便利情報を教えてくださる。おかげで私のブラウザのブックマークには,Chat GPT,Copilot,Geminiの3つのアイコンが並ぶようになった。Claudeはもう少しあとで試してみるつもりである。 私は古い人間のせいか,こうした新しいツールを使おうとする際に一応ちゃんとしたテキスト本(教科書的なモノ)を読むことにしている。AIの話を聞くと,「そんなのネットのあちこちの記事を読めば使えるようになるよ」とアドバイスを受けるのだけど,もう耄碌しているためかそうした部分部分の情報を自分の頭のなかで系統立てることが面倒になってきている。その点,本は系統立てて解説されているから脳への負担が少なくて済むのがいい。まぁ,その本でさえいまだに途中までしか読み終えていないのだけれど。 若い世代がAIへなんでもかんでも相談して依存してしまうことが問題となってきているけれど,確かにAIに頼るようになって自分の頭を働かすことが少なくなってきた。例えばメールを書くにしても説明する話題の順序などを考えなくて良いようになった。これまでそうしたことに時間を費やしてメールを書いてきたのだから,時短ができてそれはそれで素晴らしいことなのだけれど,脳が衰えてくるのも実感できている。自分の脳のアクティブさとAIへの依存のバランスを現在模索しているところである。 学会に参加するたびにAIに関する新たな知識を得て自分のレベルアップを図っ...

タンクトップのマッチョ男子学生をみると身体がむずがゆくなる

 夏になった。そして大学のキャンパスでもタンクトップを着ている男子をよく見かけるようになった。みんな発達した三角筋や上腕二頭筋を見せびらかすように歩いている(なぜか僧帽筋が発達している人はあまり見かけない)。私はそうした男子たちを見ると身体がムズムズしてくる。見ているこっちが恥ずかしくなるのだ。 私も大学時代,トレーニングに集中していた頃がある。大学のトレーニングセンターに毎日のように通って,今日は上半身の日,明日は下半身を鍛える日などと,フリーウェイトのトレーニングを続けていた。そしてちょっとナルシズムに浸っていた。たとえばスタンディングローで僧帽筋を鍛えていて,最後の回が終わるとバーベルをそっと床に置くのではなく,少し上から落として「ドン」という音をさせたりしていた(もちろん床には厚いゴムマットが敷かれていて床面は保護されていましたがあまり許される行為ではありません)。そして,バーベルが置いてあるスペースの前には大きな鏡が設置されているから,そこにパンプアップした筋肉を映して悦に入るのである。そして忘れずに牛乳でシェイクしたプロテインを喉に注ぎこむ。その頃のプロティンは牛乳に実に溶けにくく,ダマになったプロテインの粉を舌でつぶしながら飲んでいた。本当にまずかった... 大学で着ている服もノースリーブのTシャツを着たりして,肥大した筋肉が見えるような恰好をしていた。今思い出すと本当に恥ずかしい...私の黒歴史である。トレーニングをしていると自分の身体に自信を持つようになり,そうした筋肉を見せる服装をしがちであるけれど,若さゆえの自己顕示欲でしかない。その忘れ去りたい思い出がたぶん現在のマッチョな男子を見るときにむずがゆさを引き起こしているのだろう。 そんな私の筋トレライフはある日突然終わりを迎える。修士学生の頃,合氣道の師範に「三浦君,ウェイトトレーニングとかしているの?馬鹿になるからやめるように」と言われて,それ以来サンドバッグトレーニングと少々の自重トレーニングしかしなくなった。そして私はデブになった。

オフィスでハーフパンツを履けない、もう一つの理由

 夏の暑さが酷いので,オフィスでもハーフパンツを履いてはどうかという話がでてきている。おじさん(おじいさん)がハーフパンツを履くのは気持ち悪いという議論が持ち上がるのも仕方がないことだと私も思う。 ハーフパンツはどうもお子様っぽく見えてしまう。家では私も短パンやステテコを履いているけれど,さすがに職場では履く勇気がない。半袖のカッターシャツでさえ私は着るのを躊躇するのにハーフパンツとなると相当ハードルが高い。そもそも履きたいとも思わない。 そのうえ,私の場合はハーフパンツを履くために,エチケットとしてスネ毛の処理が必要だろう。学生時代,ローキック強化のためだといってビール瓶でスネを叩いて鍛えていたころはスネがツルツルになっていたけれど,今は毛を剃るか脱毛が必要だろう。その手間を考えるとちょっと遠慮しておきたい。 私のスネ毛はそれなりに生えていて長さもある。そのことを実感したのは,大学院生の頃。原子力学会の「若手夏の学校」で五島列島に合宿に行ったときのこと。そこでは講義の間に海を楽しむ休み時間が設けられていて,研究室のみんなと一緒にハーフパンツを履いて海へと繰り出した。海の水は本当に透き通っていて,誰もが青い海を満喫していた。私はふとスネをトントンと軽く叩くものがいることに気づいた。足元をみると小魚が波に揺らぐ私のスネ毛を海草と間違えて足の周りに集まってきていた。思いがけないスネ毛の森の訪問者に思わず笑ってしまった。それ以来,人前でスネをさらすのがますます恥ずかしくなってしまった。 ということで私はこの夏もハーフパンツをはいて人前に出ることは遠慮しておきたいと思っている。

一澤信三郎帆布の手さげかばんを新調する

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 最近,かばんを新調した。手提げのトートバッグである。これまで6年以上愛用してきたトートバッグの持ち手がボロボロになってしまったためにこのたび買い直した。 新調したのは 一澤信三郎帆布 の 手提げかばん (大)H-04である。この手提げかばん(トートバッグ)の良さは,構造がシンプルで,いろいろなモノをカバンのなかに「 ガフガフ 」気にせず放り込むことができることである。この「ガフガフ」という形容が私の感覚にはピッタリで,以前にかばん屋さんに行って,「なんでもガフガフ入れることができるかばんが欲しい」と店員さんに尋ねたくらいなのだけど,もちろん店員さんは理解できず,その後一生懸命説明した。毎日,着替えやペットボトル,その他,PCアクセサリ,A4書類など,なんでも放り込んで使っている。トートバッグは上部の口が開いているので,収納にジッパーを開けるなど頭や手を煩わせることがない。そこが気に入っている。 トートバッグといえばやっぱりL.L.Beanの製品に憧れていて,学生時代などは「メンズクラブ」や「BE-PAL」なんて読んでいたから,あのザックリと縫い合わされた生成りの白い帆布に青や赤の持ち手がついているバッグにタオルなどを詰め込んで,海やアウトドアに行くのが夢だった(実はインドア派なのでカッコだけに憧れていた)。氷や水をバケツのように運ぶことができるという機能性がカッコいいと思っていた。 一方,私が6年間使っていた一澤信三郎帆布の手提げかばんは,L.L.Beanのトートのように帆布でできているけれど白ではなく黒色であった。私はこのかばんを現在の大学に赴任する際に以前の大学の研究室の学生たちから記念品としてもらったものである。もちろん私はこのブランドは知っていたから,わざわざそれを選んでくれたことが本当にうれしかった。そして今回新調するにあたっても同じ型を選ぶことにした。 このかばんは、トートバッグとしての長所はもちろん、以下の4点ですこぶる使い勝手がいいのだ。 上部のハトメとひも: 開口部を閉めることができる(数回しか使っていないが便利)。 A4書類が縦に入る: クリアファイルを縦に突っ込める絶妙なサイズ感。 驚くほどの軽さ: しっかりした構造なのに思いのほか軽い。「かばんにおいて軽さは正義」である。 底鋲(びょう)による自立: 床に置いても自立するので...

「軽く説明します」にモヤッとする理由。言葉の『軽さ』と品のなさ

 最近気になる言葉遣いに, 「軽く説明します」 というフレーズがある。学生たちのプレゼンなどを聴いていると,このフレーズがあたり前のように使われているのだけれど,私はそのたびに少し「イラッ」とするのである。 もちろん意味がわからないわけではない。「軽く」という形容詞は,たぶん「簡単に」とか「短く」などという意味で使われているのだろうけれど,「説明」の内容自体が「軽い」ようにも意味が受け取れて好ましくないように思っている。どうも「 品がない 」ように感じてしまう。 同じように「品がない」と感じてしまうのが,「パーセント」を「パー」と短縮して説明することである。こちらもかなりの頻度で聞く。たとえば,"6%"を「ロッパー」などと読むのである。学会でもそのように話す人がほんとうに多いから,今では違和感を感じる人が少ないのかもしれない。でも,私の個人的な感覚ではやはりこの短縮は「下品」に感じられるのである。 研究室の研究進捗報告会などで,学生が「軽く説明します」などというと,「軽く?」と嫌味っぽく,たしなめることも多いのだけれど,あまりピンときていないようである。そもそもそうした話し方に上品も下品も感じないのだろう。 以前にも この題材で記事を書いた ことを思い出したのだけれど,それはもう17年も前らしい。17年経った今も、私の感覚は変わっていないらしい。

新潟における人身御供の話(3)~地すべりを止める「人柱供養塔」~

  妖怪研究所の総会で聴いた人身御供の話の続き。 最後の三つ目の話は,上越にある「 人柱供養堂 」の話。 ひとりの旅の僧が山の中で,大蛇が何匹も集まって村に地すべりを起こす悪だくみの相談をしているところを聞いてしまった。その地すべりを阻止するためには,四十八叩きの秘法(杭かなにかの地すべり対策?)と人柱が必要だという。そしてなんと僧は大蛇たちに見つかってしまい,このことを話したら殺すと口止めをされたとのこと。もちろん僧は村に行ってこの話をした。地すべりを阻止するために,四十八叩きの秘法は行うことができたが,人柱が見つからない。そこで僧はどうせ大蛇に口止めされていたのを破ったので殺されるだろうとのことで自身が御供になることを決心した。そして僧は土中に埋められ,村は地すべりの被害から救われたのだという。 ここまでの話だとよくある伝説で終わるのだけれど,昭和になって田んぼから大きな素焼きのカメが蓋のように穴をふさいでいるのが見つかり,掘り起こしてみると中には座禅を組んだ人骨が本当に見つかったのだという。そこで村人たちは伝説は本当のことだったと知り,現在の供養堂が建てられたのだという。 こちらも怖い話である。その地方に地すべりが多かったのは事実らしく,いろいろと対策がとられていたのは当然のことである。そしてその中の手段のひとつに「人柱」があったとしても,時代が時代なだけに不自然なことではないと思われる。ただし,この対策の問題は,誰が人柱となるかということである。村人の中から候補を選ぶのはたいへんに難しい。当然, 「おさき地蔵」 同様に「よそ者」にその役を押し付けることになるのは想像に難くない。 旅の僧侶というのは,本当にそうだったのだろうか?単に諸国を旅している男にその役を押し付けたのではないだろうか?自分たちのそうした犯罪的な行為を正当化するために,前述のような伝説をでっちあげ,すべてを大蛇のせいにしたということではないのだろうか? 人身御供の3つの話を聴いて,こうしたことを思ってしまった。それぞれが本当に美談なのかもしれないのに,こうした裏事情を想像してしまうのは私の心が清らかではないからに違いない。自分で勝手に想像して,勝手に怖がっているのである。 #「人柱供養堂」では,そのカメと人骨(頭蓋骨も!)が展示されているらしい #ちなみに,「人柱供養堂」は現在,「ス...

新潟における人身御供の話(2)~おさき地蔵と「恩返し」の裏側~

新潟妖怪研究所の総会で聴いた3つの人身御供の話のつづき 。  二つ目は,おさき地蔵。諸国巡礼をしていた「おさき」という女性が,新潟のある村に来た際に行倒れになったのだそう。それを村の人たちが介抱してあげて,おさきは再び元気を取り戻しまた巡礼に出かけたとのこと。数年後,おさきがその村に戻ってくると,村は川の堤防工事をしていたのだけれど,最後に堤防を閉じることができず困っていた。その状況を知ったおさきは村から受けた恩を返すために自ら人柱となったらしい。その後川から遺体があがって供養されたのが,おさき地蔵なのだとか。 私は講演を聴いていて,この話がもっとも怖かった。おさきが人柱となったのは本心からなのだろうか?そこには村人たちからの 「同調圧力」 的なものは存在しなかったのだろうか? もしも,「過去に一度命を助けてやった。今度は恩返しをすべきだ」という村人たちの無言の(あるいは有言の)プレッシャーがあって,おさきは村から逃げるに逃げれず人柱となったということであったら,なんと怖い話であろう。。。幽霊や妖怪が出てくる怪談よりもずっと背筋が凍る話である。私はそのときのおさきの心情を思うと怖くて怖くて仕方がないのである。 ただし,おさき地蔵は事情を知る村の方々のご努力によって維持されているとのこと。今回の私の記事はその方々のご先祖に失礼にあたる話となるので,あくまでもその可能性がなきにしもあらず,という私の想像ということでご容赦願いたい。

新潟における人身御供の話(1)〜大円寺の即身仏と『水曜スペシャル』の謎〜

 先日, 新潟妖怪研究所 の総会に参加してきた。数年前に「新潟妖怪研究所」なる団体があることを知り,会員になった。オカルトというよりも民俗学的な活動をしている団体で,年に2回ほど会誌が送られてくる。最近では, 新潟の妖怪番付 を決めるなどの活動をしている。 総会では 高橋郁丸 所長から「人身御供」に関するたいへん恐ろしい講演があり,今も背筋が凍る思いをしている。所長からは新潟で「本当にあった」と思われる3件の人身御供について紹介があったのだけれど,それぞれが「遺骨が見つかった」とか「遺体があがった」などの証拠があり,本当に犠牲(?)になった方がいたのだと推測されるものだった。 一つ目は,新潟 「大円寺」のお骨 。明治に入定された僧侶のものだという。即身仏になるために土中に入られたそうだが,当時としてはそれは自殺行為であり,7年後に発掘してほしいとの遺言(?)も,お墓を暴くことが犯罪行為となっていることから,昭和の時代までそのままであったという。残念ながら湿気の多い環境のためか即身仏の形を保つことはできず,お骨が見つかったそうである。昭和の時代に掘り起こされたというきっかけがテレビ番組「水曜スペシャル」だったらしい。昭和になって,掘り起こすことが認められたのはどういった経緯だったのだろう? また,入定された僧侶は,明治の時代にどのような思いで即身仏を目指したのだろう?現在では「上人」と呼ばれるようになったけれど,そんな名声だけのために即身仏を目指したわけではあるまい。即身仏となることによって救世できると信じていたのだろうか。大円寺は真言宗だというから,修行の究極として即身仏となり空海上人を目指したのかもしれない。即身仏を目指す考えに至った僧侶の思考の経緯こそが恐ろしく感じられる。。。

ダビンチ休刊に思う

 本の雑誌「ダビンチ」が今秋に休刊するそうである。私も薄々予感していたから,とうとうそのときが来たか,と思っている。 なぜ休刊を予感していたかというと,やはり読書人口の減少である。まず私自身が本を読まなくなってしまった。最後に小説を読んだのがいつのことなのか,全然思い出せない。村上春樹の短編小説も長編小説も部屋の片隅に積読状態である。 まして新しい作家の作品に触れてみようなんていう気持ちにはなかなかなれない。結局は時間不足なのだ。 以前は,「次に読む本」を探すことはひとつの冒険だった。新しい作家に出会うことにワクワクしていた。そして,その冒険の羅針盤のひとつが「ダビンチ」だった。ネットで本を購入することに比べ,リアルな書店で本を探すことの良さは,「本との思いがけない出会いがあることだ」,とよく言われるけれど,そのときの判断基準はだいたい「書店のポップ」や「本の装丁」,もっというと「背表紙のタイトル」くらいのものである。それらだとちょっと頼りない(書店のポップは意外にあてになるけれど)。それを補うものが新聞の書評欄であり,本を紹介してくれる「ダビンチ」であった。 ダビンチは,毎号あるテーマにしたがっていろいろな本を紹介してくれていて,新聞の書評欄とは違う親しみやすさがあった。文芸書であっても高尚なものとはせず,エンターテインメントとして扱ってくれた。そのカジュアルさが好きだった。 しかし,最近は書店で棚に並んでいるのを見ると,「誰が買うのだろう?」と正直思っていた。私は時々購入していたけれど,内容を見ても現代の若者(特に私の周りの大学生など)が買いたいと思うものではないように感じていた。 現代の若者はとにかく時間が足りないのだ。小説を読む時間があったら,ネットで動画を見る,あるいはゲームをする。小説を読むための環境,すなわち,「時間」「静かな環境」「集中力」などの条件が若者には不足しているのだ。 小説がふたたび力を取り戻すためには、やはり小中学校の頃から「腰を据えて活字を読む」という環境に触れ、小説を読むことの豊かさを体感する訓練が必要なのだろう。それがどれだけ難しいか,理解しているけれど。 小林秀雄が言っていた(うろ覚えだけど)。「難しい言葉でしか伝えられない難しいことがある」と。小説や随筆などを読むことは,人生で大切なことを理解するための大事な訓練なのだ。...

最近気になる女性の化粧法

若い人の感覚がわからないというのは、単なる私の時代遅れなつぶやきかもしれないけれど、今回は,最近どうしても気になってしまう女性の「化粧」について、少し書いてみる。 まず,目尻のアイライン。目尻で黒い線を跳ね上げるように描いている人を良く見かける。それも結構な長さで。古代エジプトの時代からアイラインは重要視されているから,万古不変の化粧法なのだろうけど,目尻で跳ね上がったアイラインは何を狙ったものなのだろう?目が大きく見えるからなのだろうけど,あまりにもくっきり長く描いてあると歌舞伎の化粧を思い出してしまう。 次に,涙袋の下側の線に沿ってわざわざ影を強調してラインを引く化粧法について。涙袋が「かわいい」の一要素になったのはいつのころからなのだろう?そのために,涙袋を強調するような化粧法が発展するのも理解できる。しかし,あまりに強調しようとしすぎて,わざわざ影のような線を描いてまで強調するのはやりすぎなのではないか,と思っているのである。やりすぎだと小顔効果も薄れる。確かに漫画に出てきそうな顔にはなるのだけれど。 最後に,鼻筋のハイライトが強すぎる人が多いこと。テレビを見ていても強調され過ぎているタレントさんも多い。私には「キツネの嫁入り」の祭りなどで子供たちがキツネのメイクをしていることを連想させる。もしかして,目尻のアイラインで吊り目を強調して,全体として「キツネ顔」を演出するのが最近の化粧法のひとつのトレンドなのかもしれない(実際,私はキツネ顔の人は素敵だと思うけれど)。 バブルの頃に比べて,現在の化粧はたいへんナチュラルに感じられるけれど,ナチュラルだからこそ,いくつかのやりすぎた化粧法は不自然に感じられるのだろう。今,バブル時代の太眉と青いシャドウのメークを見たら、やっぱりおかしく感じられるだろうな。。。

30年前、メールも今のチャット同様に「カジュアル」だった

 若い人と話していて,最近特に思うのが,若者はメールよりもチャットを好むということ。なにか情報の共有やレポートの提出をお願いしても,「チャットでいいですか?」と訊かれる。うーん,私としては情報を一括管理したいのでメールの方がうれしいのだけれど。 なぜメールよりもチャットの方を好むのか,理由を尋ねてみた。すると,チャットの方が心理的なハードルがメールよりも低いからとのことである。メールの作法については,本学でも少し時間をとって指導があったりする。そうなると,メールにはどこかフォーマルな雰囲気が漂う。確かに,ビジネスにおいてもメールで重要な情報のやり取りをすることは多いけれど,チャットは仲間内,という雰囲気がする。 もちろん,職場のグループチャットで仕事情報を共有することも多いから,チャットの良さもそれはそれで理解はできるのだけれど,私にとっては心理的なハードルはそれほど違いがない。 いまから30年近く前のこと,メールがビジネスでも用いられるようになった頃は,メールというのはずいぶんとカジュアルな雰囲気がしたものである。だから,大事な用件はメールで送ってそのあとに電話をかけて確認するのが普通だった。「(ある電機メーカー)の役職者は,一日一回はメールソフトを開かないと注意されるらしいよ」なんて話に驚いていたりもした。この数十年でメールでの情報伝達が普通になり,今後はチャットによる情報共有が普通になっていくのだろう(いや,もはやなっている?)。 メールとチャットのニュアンスの違いの感じ方がデジタルジェネレーションギャップなのだろう。正直,この年齢になると若者の感覚に追いついていこうとは思わないけれど,彼らの考えは理解してあげたいと思う。 #文章の最後の句点「。」の有無の違いの感覚もずいぶんと若い人と違う。。。

手の甲をみて老いを感じる

 私の手は指が短く,長らくぷよぷよしていてまるで子供のようで,それが私のお気に入りだった。だから手の甲もぼっちゃりしていて,すじばったところはほとんどなかった。子供のような手だとは他の人からもよくからかわれていたものである。私はそのたびに,「いいとこの生まれで,銀の箸より重たいものを持ったことがないんです」と答えていた。 しかし,60歳が近づいてきた今,とうとう手の甲に血管とスジが浮き出るようになってきた。気づいたのはこの数年。たぶん手の甲の脂肪分が落ちてしまってきたのだろう。つまりは老化の兆候である。 男性でも女性でも,老いが隠せない身体の部分というものがある。私はそれが「手の甲」と「首筋」だと思っている。女性がどんなに化粧をして着飾っていても,デコルテの首から鎖骨へのスジは隠せない。やはり脂肪分が落ちてくるのだろう。 手の甲もそうだ。私のようにどんなに力仕事をしなくとも,手の甲もやがて骨と血管が目立つようになり,「おじいさんの手」になっていく。私の手もとうとうその段階を迎えつつある。 もうため息しか出ない。身体のどの部分をみても「おじいさんの身体」に近づいている。人類が太古より「不老の薬」を追い求めるのもよくわかる。 「わがみよにふるながめせしまに」

開錠するとき鍵をどちらに回すか

 「鍵」というのは昔から何かを暗示することが多いモノである。「鍵をかける」は,もちろん実際の施錠を意味することもあるけれど,誰の目にも触れることができない「秘密にする」という意味もある。「鍵をあける」は,開錠のほかに人の心の扉を開くという意味もあったりする(矢野顕子の「ひとつだけ」の歌詞とか)。さらに,「鍵(キー)」自身にも物事を解決するヒントという意味がある。映画「マトリックス リローデッド」においてもいくつもの世界へのドアのカギを開けることができるキーメーカーという人物が登場するのはわかりやすい例だ。こんな風に「鍵」というものは,私たちの生活に暗示的な意味を持って役立っている。 今回はそんな哲学的な話ではなくて,鍵を回す方向の話。私が関西に住んでいたころ,鍵を開ける場合は左回し(反時計回り)に鍵を回し,施錠するときは右回しに回していた。水道の蛇口やバルブを開くときには左回しにするので,鍵を開けるときも当然その方向だと思っていた。 しかし,長岡市に住んでから,私の住宅のドアも大学の居室のドアも施錠のときに左回しする鍵になった。最初,ひどく驚いたし,長岡に住んで6年になるけれどいまだに慣れていない。こんな左右が逆な世界なんてある?と思ったものである。 鍵を回す方向が逆だなんて驚いたのは長岡に来てからである。それまで住んでいた新潟市,東京,茨城,大阪,兵庫では不自然に感じたことは一度もなかったから,鍵は左回しで開錠していたのだろう。長岡だけが左右逆な世界なのだろうか,と疑問に思っていた。 そしてネットで調べてみた。結局のところ,どうも鍵を回す方向は統一されていないらしい。ただ調べてみた感覚だと,私が昔から慣れ親しんでいる開錠時に左回し(反時計回り)の方が多いような気がする。ネット上でもその方向に統一してほしいとの声があちらこちらに見られた。 そういえば,私の実家の洗面台も現在のものになる前は,蛇口レバーを回す向きが逆だったことを思い出した。蛇口やバルブは統一されているのに,なぜこうした不統一があるのだろうかと不思議に思う。またメーカとしてもなぜ両方作り続けているのか不思議に思う。 ただこの鍵の話であらためて思ったのは,常識だと思うことが異なっている世界もあるということ。頭はいつも柔らかくしなければ。

おみくじで「凶」をひいたこと

 5月に入ってすぐに,ある神社でおみくじをひいた。私はあちらこちらでおみくじを引くことが好きなのだけれど,新潟市のそのある神社ではたいへん久しぶりに「凶」を引いた。ここしばらく「凶」の文字を見ることがなかったので,少し驚いた。おみくじに書かれていたことは,要は「やることなすことうまくいかないので,心正しく暮らせ」ということで,私はそれを機にしばらく静かに暮らそうと思ったのである。 おみくじを引いてしばらくして,私はお気に入りのキーホルダーを落としたことに気づいた。いつのまにかキーリングについているキャラクター,タンタンの部分がなくなっていたのである。 タンタンは。。。と書き始めると長くなるので,その話はまた別の機会に譲ることにして,とにかく長年使っているお気に入りのキーホルダーだったのでかなり凹んだ。やはり「凶」なのだ,と思った。 それからしばらく,運が悪いことばかりが続いた。食事に行ったお店が営業時間内のはずだったのにすでに終了していたり,仕事も思いがけないことがあったり,そしてトドメは 食中毒 である。どうしてこんなに運が悪いのだろうと思わず愚痴を言いたくなるほどである。 やはり「凶」のおみくじは,ここ最近の運勢を示したものだったのだろう。。。と思いたいのだけれど,私はやっぱり理工系なので,次のように考える。 「吉」「凶」の出来事は,おみくじを引いても引かなくても,以前と変わらず同じ確率で起こっている。しかし「凶」のおみくじを引いたことによって私の心理的なバイアスが働いて,凶事が起こるとそれを「凶」のおみくじと関連付けて,印象強く思ってしまっているのではないか。 こうして考えると,おみくじを引く意味がないではないか,と思う人もいるかもしれないけれど,おみくじは結局自分の生活態度を省みるためのきっかけとして私は重要だと思っている(以前から同様のことを,おみくじや占いを行う意味として 繰り返し書いている けれど)。 とはいえ,最近はやっぱり運が悪いことが多く起こっている。こうしたときの対策は結局自分の行動を改めて,自己肯定感を高めるしかない。ということで私が好きな言葉を最後に挙げておく。 天薄我以福、吾厚吾徳以迓之。 天労我以形、吾逸吾心以補之。 天阨我以遇、吾亨吾道以通之。 天且奈我何哉。(菜根譚より)  天が私に福を薄くするならば私は徳を厚くし...

食中毒になる(2)

  というわけで,数日間ほとんど食べられず食中毒で倒れていた のだけれど,お腹の調子は回復しても,その後ずっと,めまい,ふらつきに悩まされている。下を見るとふらつく。しばらくは真っ直ぐ歩くのも難しかった。自分の中の鉛直線が横からの加速度を感じて傾くような感じ。身体自体が斜めになるような感じが続いていたのである。 大学の保険医に相談して,近くの脳神経クリニックを受診することになった。MRI検査の結果,幸い脳には異常はなく,三半規管も検査で見る限りは問題ないとのことだった。ホッとする。 しかし,大学の保険医も脳神経医も同じ診断だった。「過労」であると。結局,ただでさえ忙しいところに,食中毒で栄養が取れなくなって身体のダメージが大きくなったということらしい。 週末から国際会議に参加すると医者に相談すると,「命」と「仕事」,どちらが大切ですか?と双方から言われた。。。私は心の中で,「国際会議に出席したほうが,仕事が楽になるんです」と思っていたけれど。 実際のところ,めまいとふらつきはかなりつらくて,今も完全に回復したわけではない。ときどきフラフラッとしながら,毎日を暮らしている。睡眠時間が最近かなり短くなっているのも原因と思われるとのことだったので,今はいかに夜に睡眠をしっかりととるかということに苦心している。夜にスマホで動画をみるのを少し控えないとダメかな。。。

食中毒になる(1)

 5月31日から6月4日まで,長崎で開催されたパワーエレクトロニクスに関わる国際会議IPEC2026はたいへん盛況のうちに終わったけれど,私にとってはかなりつらい会議だった。 内容云々の話ではなくて,自分の体調がひどかった。少し疲れると,めまい,ふらつきでクラクラする。歩いていても平衡感覚がおかしくなる。そんな感じで会議はときどきホテルに帰って休んでいた。 原因は,食中毒にあると思っている。5月14日木曜日の昼,私はある料理店に行ってランチを食べた。地元では有名なお店なのだけれど私はこれまでに訪ねる機会がなく,たまたま近くで仕事があったため初めてその店を訪れたのである。 ランチを美味しくいただいたのだけれど,翌日金曜の夜から強烈にお腹が痛くなった。下痢というよりは物理的に胃腸が痛かった。布団の上で七転八倒して夜を過ごし,翌日に病院に行った。CTも撮ったけれど,結局下された診断は感染症の胃腸炎とのことだった。 土日はほとんど栄養ゼリーと飲むカロリーメイト,水分だけを補給して生きていた。身体が食べるものを欲しないのだから,空腹でつらいということはなく,ときどき体重計に乗ってはどんどんと減っていく体重に喜んでいたくらいだった。 そして月曜日。なんとか出勤。研究室で飲み会があったのだけれど,残念ながら(当然だけれど)欠席。その日の夜にネットを見ると,私が訪れた料理店がノロウィルスによる食中毒のため営業停止となったニュースが流れていた。5月11日と13日に提供された料理が原因で50名以上の人が被害にあったとのことである(12日は定休日)。あまりの運の悪さに思わず,笑ってしまった。私は14日に訪れたのだけれど,その店が営業停止となったのは15日から。土曜日にかかった病院に行ってこの話をすると医者は「お気の毒に」という気持ちがわかるかすかな笑いで応えてくれた。 お腹については,水曜日にはずいぶん回復していて,昼にモスバーガーのホットドッグとフライドポテト,夜には味噌ラーメンを食べるほどであった。火曜日くらいまでまともなものを食べていなかったためか,これらの食事がたまらなく美味しく感じられた。モスのポテトがこんなに美味しく感じられるとは!! ときどきプチ断食をしてもよいかも,と思っている。 #余談だけれど,CTを撮った際に,お腹のあちらこちらに胃のレントゲン写真を撮ったとき...

It tells time.

 最近,スーツを着る機会が続いたので,腕時計もそれにあわせていつも着けているGarminのスマートウォッチではなく,3針のものを着けることが多かった。さすがに GarminのInstinct では,ごついだけでなくおもちゃのように見えて,ちょっと見栄えが悪い。そもそもワイシャツの袖にも隠れないし。映画「コントラクター」で主演のクリス・パインが演じる退役軍人が身に着けていたと思うけれど,ビジネスシーンにはやっぱり似合わない。 同じくごつい腕時計といえばG-shockであるけれど,私が持っているMAD MASTERはごつすぎて論外。たとえ人類が滅んでも動き続けていそうなくらい無駄にタフネス。この腕時計は重すぎて,大きすぎて,まったくスーツに似合わない。 同じG-shockでは,映画「スピード」でキアヌ・リーヴスが着けていた 四角い形をしたスタンダードなモデル ならば,まだ許される気がする。映画「SP」で岡田准一や堤真一が,SPのスーツ姿に着用していたように,カッコいい感じがする。 以前,憧れたのは,Hamiltonのカーキフィールドチタニウム。これは,映画「エージェント:ライアン」で主演のクリス・パインが着用していた。主人公のジャック・ライアンは経済アナリストのエリートで,かつCIA捜査官というエリート。そのエリートが着用しているのだから,間違いない,と思っていた。しかし,機械式だったのであきらめた。 もしも本当にフォーマルなシーンであれば,黒革のベルトの腕時計がふさわしい。私も一本黒革ベルトのDufaの青い3針のものを持っているけれど,ビジネスの場ではちょっと違う気がする。もちろん問題ないとは思うのだけれど,少し重い感じがする。また夏場はベルトが汗を吸ってしまいそうで,着けるのを避けている。映画「ジョン・ウィック」ではキアヌがカール・F・ブヘラの黒革ベルトのものを着用していたけれど,それはジョン・ウィックだからであって,私が着けても何の意味もない。 結局,ビジネスシーンではやっぱり金属ベルトのアナログ腕時計が無難でいい。とりあえず銀色のブレスレットに2針,あるいは3針のものを着けていれば問題ないように思う。その腕時計に目をとめて,モデルを探るのはマニアだけであり,普通の人はそんなことには構わないはずである。 スーツのカッコいい着こなしといえば,007のジェーム...