2017年3月30日木曜日

ビバ!サニー千葉

千葉真一は忍者,武士だけでなく,テレビ・映画などで空手,少林寺拳法などの武道家の役も多くこなしている(「激突!合気道」なる映画にも主演しているのだけれど,残念ながら劇中彼は合気道はほとんど使用していないという噂).その上,スタントが必要な危険なアクションまでこなしている.つまり,オールマイティのアクションスターなのだ.ここまでできるアクションスターは彼の他に,彼の弟子である真田広之くらいしか見当たらない.

千葉真一はサニー千葉として国際的にも有名で,熱狂的なファンであるクェンティン・タランティーノなどは,彼の映画「Kill Bill」に,千葉真一をなんと「服部半蔵」役で出演させている(彼とともにJACの大葉健二(ギャバンの人)もコメディ風に出演しているのがうれしい).そして「神に会うては神を斬り、仏に会うては仏を斬り...」とあの「柳生一族の陰謀」の名セリフを言うのである(ちなみに元ネタは「臨済録」の「仏に逢うては仏を殺し」かと思われる.「魔界転生」においても「神に逢うては神を斬り,魔物に逢うては魔物を斬る」とのセリフが出てくる).しかし,タランティーノってヤツは,どれだけ日本映画をみているのか...?

意外なところでは,キアヌ・リーブスにとってもサニー千葉は憧れのスターであったらしい.「John Wick」の宣伝で来日した時,千葉真一に会ってすごく喜んでいて,子供のような笑顔をしていた.キアヌ自身もカンフー映画などプロデュースしているし,こういう少しB級なアクション映画がよっぽど好きなんだろうなぁ.

千葉真一も,先日亡くなった松方弘樹同様,その偉大な功績のわりに世間の評価がずいぶん低い俳優の一人であるのは間違いないと思う.いなくなってからでは遅いのである.この国際的アクションスターの偉大さを現在から大いに讃えたいと思うのである.

#意外なところでは傑作映画「新幹線大爆破」の新幹線の運転士,あるいは松田優作主演の「蘇る金狼」にも殺される役で出演している.どちらもいい味出している.


2017年3月29日水曜日

柳生十兵衛といっても千葉真一

服部半蔵だけでなく,柳生十兵衛といっても,やっぱり千葉真一なのである.

たぶん「柳生一族の陰謀」で柳生十兵衛としてブレイクしたのだろうけれど,片目を塞いであれだけのアクションをするには,相当の稽古が必要であったに違いない.もしも私が片目を塞いで剣を持ったら,まず死角が広がってしまうし,相手との間合いも図りづらくなるだろうし,たぶん相手の攻撃をよけることも難しくなってしまうだろう.あれをあのスピードで大人数を相手に殺陣を行うのだから,もうすごいとしか言いようがない.もともとの才能も素晴らしかったのだろう.

柳生十兵衛三厳といえば時代劇の一,二を争うヒーローだけど,私は当初彼の存在はフィクションだと思っていた.時代劇好きな父が私に,十兵衛が片目を失ったエピソードを話してくれたのだけれど,これが「えーっ」という話だったので,とても信じられなかったのだ.

まだ十兵衛が子供だった頃,父の柳生宗矩に稽古をつけてもらっていたときに,石のつぶてだったか,小柄だったかを投げられて片目が潰された.しかし,十兵衛がそのときに潰れた片目を手で抑えたのではなく,健全な方の目を抑えて次の攻撃に備えた,などという話だった.講談によくあるパターンなので,どうだろうと子供心に思っていた.

しかし,彼は実在の人物で,「月之抄」などの著作もある.隻眼かどうかはさだかでないけれど,伝書もなかなか興味深いことが書かれていて(一部しか読んでいないけど.そしてそれも難解なのだけれど),実在の剣豪だったのだと知り自分の不明を恥じた次第である.いつか「武蔵野」などの彼の著作をゆっくりと読んでみたいものである.

家光の怒りをかって,しばらく柳生の里に引っ込んでいた(あるいはこの時期に諸国を修行行脚した)などという話もあって,いろいろな創作もされやすいのもよくわかる.だから,これまで柳生十兵衛を演じた俳優も数多くいるのだけれど,私の印象に残っている十兵衛は,松方弘樹に村上弘明.若いところでいくと,時任三郎,中村獅童,上川隆也(TV「柳生一族の陰謀」)そして佐藤浩市(彼は映画「魔界転生」(新しい方)で演じている)といったところだろうか.しかし,やっぱり千葉真一を越える柳生十兵衛はいまだ現れていないような気がするのである(私的には「魔界転生」(古い方)が一番!なのだけれど).

2017年3月28日火曜日

千葉真一といえば,服部半蔵

テレビで「影の軍団IV」が放送されていた.私が見ていたのは中学生くらいの頃だろうか.JACの役者さんもみな若くて,とても懐かしかったけれども,あらためて服部半蔵演じる千葉真一のカッコよさに惚れ直した.あの鎖帷子の黒装束がたまらないのだ.

これまで,殺陣のカッコよさといえば,若山富三郎勝新太郎,そして三船敏郎を紹介してきたけれど,千葉真一もすごい.影の軍団シリーズでは,忍びの集団の頭領,服部半蔵を演じ,非常に渋~い忍者アクションを披露している.殺陣も忍者らしく,普通の日本刀でない特殊な形の刀を使用したり,蹴ったり,敵の足を刀で突き刺したりと,少し変わっていて,彼の工夫がいちいちカッコいいのである.ときどき,そりゃないだろう,というアクションも披露しているが,そのオチャメさも魅力のひとつである.

彼のすごいところは常に新しいアイデアを取り入れようとすることで,たぶんスタッフをいつも困らせていたんだろうなぁと推測する.真田広之がまだJACだったころ,彼の命は千葉真一の無茶な要求で何度も危険にさらされたらしい.あの頃の撮影は無茶苦茶だったという話.

あの「影の軍団」のテーマが聞こえてくるとゾクゾクする.服部半蔵は敵ボスを倒す前に決め台詞をいうのだけれど,シリーズIVでは,「名もなく地位無く姿無し. されどこの世を照らす光あらば,この世を斬る影もあると知れ.天魔伏滅」であった.別シリーズでは,「我が身既に鉄なり.我が心既に空なり.天魔伏滅」となっていて,このセリフをきめた後に相手をワンアクションで倒すところがカッコいいのである.

影の軍団以来,本格的な忍者アクションの時代劇が無いような気がする.だれか挑戦してくれないかなぁ.


2017年3月27日月曜日

空海の教えは完全無欠?

ミャンマーからの留学生と話していて仏教の話題になった.
日本には仏教の分派が数多く存在する.日本の仏教とミャンマーの仏教とは大きく異なるが(ミャンマーはスリランカからの上座部仏教が伝来している),日本のお寺に行ったときに,お経の最初のサンスクリットの部分は同じだと言っていた.

日本で仏教文化が花開いたのは,鎌倉仏教の頃だと思うけれど,その前の平安時代にその萌芽があったことは間違いないと思われる.そこですぐに思い浮かぶのは,空海の真言宗と最澄の天台宗である.

そして私が思うのは,空海の才能の大きさである.彼は超人だったのではないか.
最澄の天台宗は,法然の浄土宗をはじめ,親鸞の浄土真宗,曹洞宗,臨済宗,日蓮宗,時宗などを生み出し,日本仏教の源流となった.一方,真言宗からは独立したメジャーな宗派は生まれていない.その理由は,最澄の教えはある意味で不完全であり,そのために多くの弟子が独自の宗派を開くことになり,一方,空海の教えは完璧で弟子が疑問を呈する余地が少ないからなのではないか.空海が伝えた(開いた)密教の体系はそれほど完全な理論で構築されたものだからではないかと思うのである.彼は超人だったのではないだろうか.

最澄の教えが劣っているわけではないと思う.彼は探究を続け,そのおかげで多くの優れた弟子を輩出することになったのだから.でも,空海の教えが私の想像するような完全無欠なものであるのだとしたら,やはりその頭の中を覗いてみたいと思うのである.

2017年3月24日金曜日

大学の講義 今昔

大学の講義もずいぶんと変わった.
私が学生の頃は,ノートパソコンなんてなかったから(パソコンは8インチディスクから5インチディスクに移行する頃だ),パワーポイントで講義資料を作成するなんてありえない時代だった.気の利いた先生はOHP(Over Head Projector, 今は知らない人が多いと思うけど)を使っていたけれど,ごくごく少数派で,ほとんどの先生は自分のノートを持ってきて,教科書を片手に黒板に板書しながら講義する,というスタイルだった.その他は配布資料が補助資料として少しあったくらいだった(さすがにコピーは青ヤキの時代ではなかったけれど).

中には,講義が始まるとやってきて,挨拶をしたらすぐに黒板に向かってコツコツと書き始め,そのまま終わりまで一度も生徒の方を向かずに講義して,それで帰っていく先生なんかもいた.あるいは,途中でタバコ休憩をとる先生もいた.そうした講義でも何かを吸収しようとする学生がいて,一所懸命ノートをとっていた(そしてそのノートは試験対策期に高価な値段でコピーが売れることになるのだが).そもそも先生の海外出張が多くて,講義が学期中に半分くらいしか行われないものもあった.でもそれでも許されていた.おおらかな時代だったのだ.

学生たちにとっても,不便であったがために講義中に行わなければならない努力が多く,それが勉強に役立っていたのかもしれないと今となっては思う.現在の講義は,パワーポイントのスライドをプロジェクタでスクリーンに映し,カラフルで,ときにはアニメーションも使ってわかりやすく解説する.補助資料も多く準備され,講義手法についても学生からのアンケート結果も教員にフィードバックされる(声が小さいとか,板書の文字が汚いとか,いろいろな意見がくる.また大事なところは大事だと言ってくれ,などという意見もある).講義はあらかじめ予定された回数で行われるし,煙草休憩なんてもちろん無い.まるで塾のような講義状況なのである.

学生たちは,現在まさにマクドナルド状態.店員ならぬ教員から「~はどうですか?」,「~もあります」などとサービスをされ,それを受け入れるだけで済むという便利な時代なのだ.私はそれが悪いとは思わない.それで学生の理解が進むならば,それは結構なことだと思う.ただ,講義で得られた知識のありがたさだけは昔の方が大きかったように思う.人は苦労をして手に入れたものをありがたく感じ,長く身につけることができるからである.

2017年3月23日木曜日

大学の対応 今昔

以前と大学の入学式・卒業式の様相が異なっているという話をしたけれど,大きく様変わりしたなぁと思うことのひとつに「学生が不祥事を起こした時の大学側」の対応がある.

最近,有名私立・国公立大学において不祥事が多発しており,そのたびに学校側の所属学部長あたりの役職の人が記者会見を開き,マスコミに向かって頭を下げている映像を見ている.一応私も大学側の人間として,たいへんだなぁと思わざるを得ないのだけれど,ニュースを見ている人たちは大学が頭を下げるのが当然だと思っているのだろうか,と不思議に思う.

繰り返していうけれど,大学生は一人前の大人として取り扱うべきなのであると思う.だから大学においては,小・中・高校と違って生活指導,道徳などの講義時間が無い(はずである).私が大学生だったころ,同期の学生が罪を犯し,たいへんな事件となったことがあるのだけれど,それでも学校側が記者会見を開いた,という覚えは無い.ずいぶんあとになって,その学生の罪が確定してからのち,掲示板に退学処分が張り出されただけである.それが当時の普通の感覚だったのである.

もしも学生が不祥事を起こすたびに,大学側が記者会見を開いてそのたびに謝っていたら,たぶん私の上の世代,すなわち学生運動が盛んだった時代には,毎日のようにあちらこちらで謝罪会見が開かれていたに違いない.しかし,当時,大学は学生の生活を指導する立場ではなかったから,そんなことはなかったのであろう.

しかし,現在は大学が学生の生活・素行にまで責任をとるということが社会の通念になっているらしい.大学とはあくまでも学問探究の場であって,それまでの小・中・高校のように生活指導を行う場ではないと思っている私は少数派なのだろう.でも私は,やはり大学生はもう大人であるという自覚を持って行動して欲しいと思う.彼らの生活には大学は関与しないべきだ.一方で,罪を犯したのであれば学生だから未熟であるという配慮はやめて,一般人と同様厳罰に処すべきだと思う.大学生活は高校生活の延長であってはならないと思うのである.

2017年3月22日水曜日

卒業式 今昔

本日は大学の卒業式だった.
卒業されたみなさん,本当におめでとうございます.
次の新しい世界に飛び込むことになりますが,自分の力を信じて大いに活躍して欲しいと思います.

さて,晩に開かれた祝賀・謝恩会で先生方と話していたのは,卒業式に親がついてくる学生が多いということ.現在は会場の大阪城ホールの保護者席に限りがあるので整理券だかなんだか制限があるという.つまりはそれだけ親が卒業式についてくる,ということらしい.

私が学生の頃(二十数年前)は,卒業式に親がついてくるなんて,そうそうなかったように思う.もしも親が出席したいなどというと,恥ずかしいから来るなと言う学生が多かった.実際,卒業式には親の姿はまばらだった.入学式だって親なんか来なかった.大学生になったら一人前,親離れするというのが当時の当たり前の感覚だったのだ.

それがいまはどうだろう.確かに大学を卒業するにも親の貢献が大きいのは認める.しかし,もう少し放任であっても良いと思うのだが,それは私だけの感想なのだろうか.大学の単位取得についても,就職についても,親が心配しすぎるような気がする.大学生はもう大人なのだ.大人として扱ってあげたほうが良い.

私の卒業式には親は遠いこともあって,親が出席するなどという話は全然なかった.まあ,私は学部卒,修士卒,博士卒と三回も卒業式を経験することになったので,親としてもつきあいきれなかっただろうけど.

2017年3月21日火曜日

バレエ ボレロ

テレビで,赤いドレスを着たタレントの渡辺直美さんが,赤いZというマークの描かれたステージの上で男性ダンサーに囲まれて踊るCMを見た.もちろん流れるのはラベルのボレロ.制汗剤のCMらしい.しかし,この元ネタを知らない人も多いのではないかなどと思ってしまった(もちろん,知らなくとも汗を飛び散らせて踊る渡辺直美さんのインパクトは凄いので問題ないのだけれど)

ラベルのボレロという曲はクラシックの中でも,もちろん有名中の有名曲だけれども,それにモーリス・ベジャールが振り付けをつけたバレエもとてもとても有名なのだ.でもなにか最近は目にする機会が少ないような気がする.私はこのバレエが大好きなのに.

赤い円形のステージの上で「メロディ」と呼ばれるダンサーが一人,ボレロに合わせて最初から最後まで約15分踊り続ける.最初は照明があたった腕だけがゆっくりと動き始め,そしてその動きは次第に大きくなっていく.その後照明が明るくなり,ボレロのメロディが繰り返されるにつれて,肩,腰,足が大きく踊り始める。音楽がだんだんクレッシェンドしていくのに合わせて,どんどん「メロディ」は踊りの中に没入していく.周囲の男性ダンサーたちもステージの下で「メロディ」を囲んで称えるように踊りに加わっていく.そして音楽が最高潮に達する頃には,踊りがただただ弾けるように一体となって,音楽の幕切れとともに終わりを迎える.ボレロはこの最後の瞬間にむけてただただ盛り上がっていく曲だから,終わり方がハンパなくドラマチックなのである.

残念ながら生の舞台に触れたことはないのだけれど,私が初めてこのバレエを観たときのことは忘れない.それは映画「愛と哀しみのボレロ」の最後にかけてのシーンである.映画の内容はすっかり忘れてしまった.ただ登場人物の一人がカラヤンがモデルだということで観たのだったかもしれない.でもとにかく,映画の終盤,ボレロが野外で公演されるのだ.このときメロディを踊ったのはジョルジュ・ドン.このバレエを初めて観て,ゾクゾクして寒気がするくらいだった.色気があるなんてもんじゃない.妖しい.とにかく妖しい踊りだった.振り付けも斬新に思えて,借りてきたビデオをそこだけ巻き戻して見直したことを覚えている.

メロディは基本的には女性が踊ることになっていたらしいが,ジョルジュ・ドンが初めて男性で踊ったということらしい.そして踊ることができるのは世界でも限られた人数のダンサーだけで,つまりは実力を認められた一握りの人のメロディしか観ることができないのである.私の趣味でいえば,カッコよさではシルヴィ・ギエム,そして正確さを感じさせるという意味ではマイヤ・プリセツカヤ,という感じなのだけれど,やっぱり一番すごいと感じさせるのはジョルジュ・ドンの踊りである.迫力が違う.妖しい雰囲気がすごい.終盤には彼はあちらの世界にいってしまっているのだ.私が「愛と哀しみのボレロ」のストーリーをすっかり忘れたとしても,彼の踊りだけははっきりと覚えている.それが彼のダンスが別格だということを示しているのだと思う.

ジョルジュ・ドンも早々に亡くなり,プリセツカヤも逝ってしまった.ギエムももうボレロは踊らないという.では,私はこれから誰のボレロを観ればよいのだろう?彼らに伍するダンサーが踊る,ゾクゾクするようなボレロをもう観ることはできないのだろうか.次のボレロを探さなければ...

2017年3月17日金曜日

富山の雰囲気に懐かしさを感じる

3日間富山市で開かれた電気学会全国大会に参加し,ようやく帰宅した。特急サンダーバードで金沢まで行き,そこで新幹線に乗り継いでようやく富山に着く。北陸新幹線ができて大阪からは直通で富山に行けなくなったのでむしろ遠くなった気がする。今日復路のサンダーバードもたいへん混んでいて,当初予定していた列車も満席で,一本早めて帰宅したくらいである。まずは富山は遠いというのが今回の感想。

しかし,学会としては大盛況で,近年で最も参加人数が多かったらしい。3400名程度とか。懇親会も550名を越える参加者ということだったので,酒と料理の枯渇を心配したのだけれど,十分な量で大変楽しむことができた。

さて,先週は沖縄の久米島,そして今週は富山ということで気候が全く異なる場所に続けて出張したことになる。肌で感じたのは,久米島はやはり異国情緒が強く,一方で富山は懐かしく思えるということである。たぶんそれは私が新潟出身だからであって,北陸特有の雰囲気の湿り気が親和性を高くしているのだろう。服装だけでなく住んでいる人の顔からして違うのだから,そう思うのも仕方ないと思う。日本という国は,いろんな人が集まってできている国なのだと,あらためて感じた。

しかし,富山でも雨に降られた。久米島からずっと天気には恵まれていない。久しぶりに関西で過ごすことになる。今度こそ良い天気でありますように(でも花粉は飛ばないように…)

2017年3月16日木曜日

旧友に会って涙する

今日,学会の懇親会で25~26年ぶりくらいに旧友にあった。旧友といっても大学の研究室にいたころのひとつ下の後輩にあたる人である。ほとんど学生の頃と変わりがなかった。素敵な人生を送ってきたのだろうと思った。

この歳になると,旧友の無事を確かめただけで涙が出てきそうになる。健康そうでいるだけでもうれしいし,学生時代の思い出が次々と思い出されてきて,これまで過ぎ去った時間の長さを痛感して懐かしさに涙が出てくる。当時は毎日がたいへんだったけれど,今となってはやはり良い思い出になるらしい。

今日は後輩だけでなく,大学の先輩方にも数多くお会いした。自分が学生だった頃を思い出す。よく足を運んだ縄のれんでお話をしていただいた先輩にも思いかけず声をおかけいただいて,たいへん驚いた。先輩後輩の関係は,どれだけ歳をとっても変わらない。有難いものである。

そして,大学時代の恩師のご講演も拝聴することができた。師弟の関係もいつまでたっても変わらない。そしていつも先生は私の先をいっていらっしゃることに感激する。大学時代の研究室の卒業生にも数多く会って,また頑張ろうという気持ちが湧いてきた。なにはともあれ,みんな元気で頑張っているのが一番うれしいのだ。

現在私が所属している研究室の卒業生にも数多く会った。こうやって時間が流れていることを感じる。また,研究室はまず「人」があって,次に「教え」なのだとあらためて感じた(先日,合氣道でも同じ話を伺ったのだが)。

次にみなさんに会えるのはいつのことになるのだろうかと思いながら,さよならをした。そんなことが心配になるほど,私も歳をとったのだとしみじみ思った。