夜に桜をみる.
街灯に照らされて夜に見る桜はピンクというよりもほぼ白色で,ほんのわずかに桃色がのっているかどうかという淡い色合いである.昼間の明るい表情とは別に夜の桜にはなにかに取り憑かれたような美しさがあり,この世に存在しないもののように感じられてくる.それは見ているものに,どこかしら恐ろしさを与えるほどである.
梶井基次郎は,その魔的な美しさの秘密を「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」からだと見破ったのだけれど,まさにその通りとしか思えない.梶井基次郎の洞察には感嘆するばかりである.彼が透視する屍体は,腐乱してうじ虫がわいているけれど,水晶のような液をタラタラと垂らしていて,その液を桜は吸い上げて美しく咲くのである.この退廃的な妄想を直観してしまうほど,桜の美しさは妖しくダークなのである.そうした理由でしか桜の魔性を説明できない.
電灯も無かった頃,人は月明かりの下,桜を見たのだろう.なかにはその美しさに気が狂ってしまった人もいたにちがいない,などと思うのである.
一方,散ってしまった桜の枝も象徴的だ.美しさを失ってしまった佇まいに,人はまた盛りを越えてしまったあとの虚しさを思わずにはいられない.
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