2007年8月28日火曜日

なんだ,世界も変わんないじゃん.

昨日から,韓国のMyongji Universityの
Han教授が研究室を来訪されている.
Power Electronicsに関するWork Shopを,
私が所属する研究室と合同で開いた.

向こうもこちらも,学生たちが英語で発表する.
昨日は夕食を一緒にしたのだけれど,
Communicationはもちろん英語である.
学生のみなさんにとっては(韓国の学生にとっても),
良い経験になったのではないかと思う.

こうして親密に話し合う機会というのは,
結構研究者にとっては大事なのだと思う.
ただ発表された論文を読むだけではわからないことがわかる.
それはもちろん技術的な話題もあるし,
もっと広く,若者の興味,性向などの話題もある.

こうして世界の研究者,学生たちも
同じような問題を抱え,
同じように悩んでいる,
そうしたことを実感することが
意外に大事なのではないかと思うのである.

私も初めて海外に出張に出かけたときは,学会ののち,
独りでItaly Padova, UK Oxfordの研究所を回ったのだった.
メタメタな英語で(今も変わらないけど)
なんとか技術的な話をして帰ってきて,
それで抱いた感想は,

「なんだ,世界の研究者たちも私とたいして変わらないじゃないか」

ということであった.
彼らもやはり同じような問題を抱え,頭を悩ませていた.
それでいて,日常生活で興味を持っていることもあまり変わらない.
赤いスポーツカーをブイブイと乗り回していたり,
レオタードでヨガをやっていたり.

Padovaの研究所に行った時には,いきなり年とった研究者に

"Do you know Nakata?"

と尋ねられたことを今でもよく覚えている.
「ナカタ」という研究者は知らないと答えると,
フットボールプレーヤの中田だという.
彼のユベントスとの開幕戦での2ゴールがすごかったぜ,
みたいな話だった.
(私がその研究所を訪問したのは1998年だった)

もうガチガチに技術・研究の話をするのかと思っていたので,
砂糖を山のようにいれたエスプレッソを飲みながらしたサッカー談議は,
拍子ぬけしたけれど,本当に楽しかった.

こうして,初めての海外出張は
私のその後の研究生活に少し自信を持たせてくれたのだった.

今回の韓国の学生たちの訪問が,
この研究室の学生への良い刺激になってくれればうれしい.
彼らは,国は違えど同じ課題に頭を悩ましている仲間だ.
ときには競争するけれど,やっぱり仲間なのだ.

とにかく多くの研究者と交流をする.
とかく研究者はタコつぼに入りやすいのだけれど,
世界にアンテナを開いておくことは
研究生活において大事なことなのだと思う.
(それは,研究生活にかぎらないか)

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