それでも移動中の車内などで本を読んでいる.
先日読み終えたのは,
「象」(レイモンド・カーヴァー,村上春樹訳).
この前に読んだ「必要になったら電話をかけて」で,
すっかりファンになってしまったカーヴァーの短編集である.
なぜこんなにもこの作家に惹かれるのか.
まずは,文体がいい.
これは村上氏の訳の影響もあるのだろうが,
修飾の少ない短文を積み重ねて,
淡々と物語が進んでいく作品が多い.
こうした簡潔な文章は私の中にリズムを生み出し,
すぐに物語の中に引き込まれてしまう.
それが気持ちがいいのである.
次に,登場人物がいい.
多くの作品で,もうどうしようもない現実に追い込まれた
中年男が登場する.
これが全然ヒーローでもなく,冷酷な悪党でもない.
どこにでもいる,弱い男なのである.
村上氏がいうところの「ズルズルとした状況」においても,
未来に希望がもてるような果断を行うこともない.
ただ,にっちもさっちもいかない状況に耐え忍ぶだけである.
「象」という作品では,最後に少し明るい描写があるのだけれど,
状況的には全く何も解決されない.
救いのない,あまりにも苦い現実.
だからこそ,リアリズムを感じることができる.
どうしたものか,そこに非常にシンパシーを感じてしまう.
私がそういう状況というわけではないのだけれど.
そして構成がいい.
単純なひとつの物語で終わるものにはなっていない.
いくつかのエピソードが複合的に積み重なって,
作品に広がりを与えている.
主たる話には関係のないエピソードにも,
なにかしらの意味があり,
それらが読後感に大きく影を落とす.
この重さがたまらなくいい.
この「象」という作品集は,生前,最後に
刊行されたものであるらしい.
最後に収録されている「使い走り」には,
カーヴァーがよく並び称されている(らしい)
チェーホフの最期が描かれている.
登場人物たちそれぞれの心情,
そしてやはり短文で描写されていく情景.
それらは静的ではあるけれど,
非常に緊張感をもって読ませるものになっている.
この作品を書いていたころは,カーヴァーは
癌による自分の死期を知っていたらしい.
闘病生活のなか,最後の力を振り絞ってまとめたということを
村上氏の「解題」を読んで知ったときには,
なるほど,それでと,納得したくらいである.
もちろん,他の作品も大変にすばらしい.
そしてどの作品も苦い後味を残す.
(「親密さ」の読後感など,どのように表せばよいのだろう)
だが私は,その苦さに中毒となり,
ますます彼の作品に惹かれてしまうのだ.
まだまだ彼の作品を読み続けていくことになるのだろう.
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