動画サイトを見ると,武術的な技を科学的に説明しようと試みている動画が数多く見受けられる。謎とされてきた技の術理を,万人にわかりやすく伝えようとしていることはたいへん素晴らしいことだと思っている。しかし,解説を聞いていると科学的に誤った理論で解説されているものもあって,残念に思うこともしばしばである。
多く見かける誤った説明のひとつに「遠心力」がある。たとえばパンチの一種であるフックを例にとる。よくされている説明が,フックのように腕を振り回すと遠心力によってパンチ力が増すというものである。これではまるで遠心力が相手にあたる方向に働く,すなわち拳が円を描いて相手を殴るのであれば,その円の接線方向に働いているかのように説明されている。
しかし,これは全くの間違いで,遠心力は中心と物体を結んだ物体の法線方向に働くものである。糸の一端に重りをつけて,もう片端を手で持つ。重りをぐるぐると手で振り回してから,手を離すと重りは回っていく方向ではなく手と重りを結ぶ糸の方向に飛んでいくことからも,それを確かめることができる。それを相手にあたる方向に遠心力が働くなどとするのは大間違いなのである。
相手に力を与える場合には,その方向に力を働かせる必要がある。拳や足を廻して当てるフックや回し蹴りで相手が横に吹き飛ぶのは,その方向に拳や足が力を働かせているからなのであって決して遠心力で吹き飛んでいるのではない。拳や足の質量が小さいのに人があれだけ衝撃を受けるのは,拳や足の質量だけではなく,身体全体の質量を用いた運動量を使って攻撃しているからである。
この「質量」という言葉に対して,武術では「重心」という言葉もよく使われているのだけれど,これもまた誤用がたいへんに多い言葉である。科学的に説明しようとするのであれば,そのあたりに気をつけておかないと,せっかくの良い解説の評価が低くなってしまうのでもったいない。
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