2009年12月15日火曜日

「積ん読」本の存在意義

今週末のパワーエレクトロニクス学会
第181回定例研究会(若手のための研究発表会)と
学会35周年記念会
の準備が忙しい...

そんな中,今日はまた文庫本を3冊まとめて購入してしまった.
当然読む時間はほとんど無いので,
当分の間,「積ん読」状態だろう.
年末に新潟に帰省する際にゆっくり読む予定である.
なんたって,電車で移動するのに9時間以上はかかるのだから.

何を買ったかは言わないことにする.
(決して恥ずかしい本ではありません)
なぜなら,何を読んでいるかを明らかにすることは,
自分の思考の傾向や趣味,性格までも明らかにすることに
なりそうだからである(はっきりいえばやっぱり恥ずかしい)

だから人には自分の本棚を見せたくない.
私という人間がどんなヤツなのか,すぐにバレそうなのである.
(といってもたびたびこのブログで読んだ本を紹介しているけど)

最近は図書館もよく使うようになったので(経費節減である)
本棚に並ぶ本の増え方はずいぶん減ったけれど,
(捨てる本の数もずいぶんと減った)
やはり手元に置いておきたい本は購入している.
(文庫本になるのを待ったりはするけれど)

Googleによる本の公開について,
いろいろと反対している作家の方々がいるのは
知っているけれど,個人的にはどんどん公開して
欲しいと思っている.
買いたい本は,どうせ変わらず購入するのだから.

作家のみなさんも多分購入して
すぐに自分の著書が捨てられるのは
耐えられないのではないだろうか.
ずっと手元におきたいと読者が思うような本を
残していただくのが良いのだと思う.
それならば自分の著作が読者の手元に届く確率が
高くなる方が良いのではないだろうか.

まぁ,私は著作業で生活を立てているわけではないので,
これは無責任な発言なのかもしれない.
お気を悪くした方がいらっしゃったら申し訳ありません.

でも,やっぱり欲しくなる本は存在して,
それらはちゃんと購入するのである.
そしてそれらは私の本棚を飾ることになり,
私という人間を表すことになるのだ.

って,ここまで書いてきて,
この内容はどこかで読んだことがあることに気づいた.
内田樹氏のブログにも似たようなことが
書いてあったような気がする.
私が影響を受けたのか,はたまた
だれもがそう思っているのか.

しかし,紙の媒体である本の意味は
私は確かにあると思う.
たとえ永久に「積ん読」であっても
背表紙を並べて本棚を飾ることにだって
本の存在意義はあるのだ.

#最近の「考える人」ではWebと紙媒体との
話が特集されていたけれど,
あまり論点がクリアではなかったような気がする.

#とはいえ,Kindleの日本語版が出たら
欲しいような気がする...
アメリカは羨ましいなぁ.

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