週末に少しレイモンド・カーヴァーの小説を読むことができた.
素敵な小説を読む時間を持つことは,
なによりもほっとする休息となる.
「大聖堂」(レイモンド・カーヴァー著,村上春樹訳)
あいかわらず少し読みはじめるだけで,
その世界にすぐに没入することができる.
そこにあるのは,深い絶望と
損なわれて決して回復することのない男女の関係への諦念である.
こんなつらい小説だというのに
どうして私はここまでこの作者に惹かれるのだろうかと,
我ながら不思議に思うくらい大好きになってしまった.
私もこの歳になり,人生のいくつかのことを
(知りたくもないのに)知ってしまったからかもしれない.
この「大聖堂」という短編集は,訳者の村上氏曰く,
カーヴァーの一番脂ののった頃に出版されたというだけあって,
魅力的な作品が満載である.
そしてどの作品も,人の心の闇を描いて秀逸である.
しかし,この短編集にはどの作品にも絶望や諦念の先に
なにか暖かいものが感じられる.
ユーモアというか,温かいまなざしというか.
たとえば「ささやかだけれど,役に立つこと」という作品は,
子供を亡くした若い夫婦と,人生に絶望したパン屋の
物語で,もう究極的に救われない話なのだけれど,
それでも最後に,希望の光がほんの少しだけ
さし込むような雰囲気で終わっている.
私は,この物語を読んだ後,深くため息をつかずにいられなかった.
あるいは「ぼくが電話をかけている場所」という作品は
カーヴァーの小説によく出てくるアルコール中毒者が題材で,
療養所における風景を綴ったものだけれど,
療養所の仲間の煙突掃除屋の家族の話が秀逸で,
テーマが暗いにもかかわらず,温かい読後感を得ることができる.
う~ん,こうして説明していくと,収録された全部の作品について
触れなくてはならなくなるので,この辺でやめとこう.
しかし,この短編集にはこれまで読んだ作品とは異なり,
私はすこしぬくもりを感じている.
それがこの作品を忘れ難いものにしている.
この短編集を読んでいると,ブルックナーの交響曲第9番の
第3楽章が思い出された.
ブルックナーの第9番交響曲は,とにかく厳しい音楽で,
一度聴けば,「もう結構」と思うような作品である.
第3楽章の緩徐楽章はそのなかでも
特に厳しいように私は思う.
しかし,この楽章の本当に,本当に最後のところで,
(月並みな表現だけれど)雲間からそっと光がさすように
救いの旋律が現れるのだ.
それが聞こえてくるときに訪れるカタルシスは,
長時間じっと曲を聴いていたものにしか分からない.
このほのかなぬくもりこそが,カーヴァーの作品から
この曲を連想した理由なのだろう.
ブルックナーの第9番交響曲は,
この第3楽章を最後に未完となっている.
この曲の続きなんてきっと書けやしなかったのだろう.
人生も長くなると,人は諦念に行きつく.
しかし,それでも人は少しのぬくもりを切望する.
カーヴァーの小説然り,ブルックナーの交響曲然りである.
そして私はそれらに心を動かされるのである.
#実は,「大聖堂」,最後の収録作品「大聖堂」だけ
未読なのである.
図書館の貸し出し期限が来てしまったのだ.
今度あらためて借りるのがいまから楽しみで仕方がない.
#ブルックナーの第9交響曲は,10枚くらい多分
所有していたと思うけれど,今度聴きたいと思っているのは
カルロ・マリア・ジュリーニ,ウィーンフィルの録音(1998).
とにかく音が厚い演奏である.
私が初めてこの曲を聴いたのは,このCDだった.
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