何かができるようになった瞬間,
突然にある場面が
フラッシュバックすることがある.
私は下手の横好きで
合氣道を稽古しているのだけれど,
合氣道では剣や杖を遣う.
これがまたずいぶん下手で,
自分でも嫌になるくらい.
でも稽古自体は楽しくてたまらないので,
今も剣や杖を振り続けている.
以前,私がまだ茨城に住んでいたころ,
本部道場における稽古にたびたび参加していた.
そこでは,宗主のご指導を直々にお受けできる
機会があった.
皆の前に呼ばれて,杖の振り方のご指導を受けた.
剣や杖というのは,本当に軽く持って
遣うことができなければ,用をなさない.
どれほど軽く持つかといえば,
本当に手の内からするすると抜けるほどである.
宗主はちょうど五月人形が槍をもつように,
と指導される.
すなわち手はあらかじめ輪を作って,
そのなかに槍を通すような感じで軽く持つ,
との意である.
そして振るのも本当に軽く振る.
それがなかなかできなかった.
皆の前で何度も杖を振らされたのだけれど,
そのたびに,「違う!」と言われる.
何度やっても全然できなかった.
そのうちにふとしたことでたまたま
全身が一致して軽く振ることができた.
そのとき宗主は,
「それだ!それでいいんだよ」と叫ばれて,
にこにこと笑っておられた.
そして,私は列に戻ることができた.
そのときは,本当にうまくできた.
しかし,その後同じように
杖を遣うことはできなかった.
宗主いわく,Easy Come, Easy Go.
またいくらやっても満足がいかなかった.
あれからずいぶん経つ.
そしてもうすっかりそのことは忘れていた.
そして大阪に来てしばらくのこと,
ある日杖を振っていると,
突然全身が一致して軽く遣うことができた
瞬間が訪れた.
そのときに,あの宗主に指導を受けた場面が
まるで花火のようにフラッシュバックした.
あのときの感覚を再現できたとき,
それをトリガとして
その記憶もよみがえってきたのである.
まるで筋肉の奥底に記憶が眠っていたようだ.
あれ以来,ずいぶんとマシに
杖を遣うことができるようになった.
こうして思うと,今は思い出せないけれど,
身体の中には同様に,
先生にご指導を受けた記憶が
数多く眠っているのだろう.
そして,いつかそれが実現できたときに,
記憶はまるで時限爆弾のように発火する.
初めてそのときに意味が
理解できるようなこともあるのだろう.
合氣道に限らない.
なにかを示唆するその教えは
私の身体の奥底に数多く格納されているのだ.
そしてそれは潜在意識の中で,
私の行動にあるベクトルを取らせ続けている.
そしていつか目的が達成されたときに発火する.
今は理解できなくても,
身体の中にその教えを
いつか発火させることができるよう
深く埋め込んでいきたいものである.
2008年4月4日金曜日
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