2008年9月2日火曜日

どんぐり

もう随分と昔になるが,私の母が「団栗」という随筆について
私に尋ねたことがあった.
どうも聴いていたラジオで紹介されていたらしい.
私はすぐにそれが寺田寅彦のものだとわかったのだけれど,
母からそんな話を聞くなんて思いもしなかったので,
今でもとても印象に残っている.

寺田寅彦は,生涯に3回結婚していて,
最初の二人の妻には先立たれている.
「団栗」というのは,たぶん最初の妻の思い出がもとに
なっていたはずである.
実は,この作品を読んだのは随分と昔,
大学生の頃だったので詳細は忘れてしまった.
しかし,最後に小さな遺児がでたらめな唄を歌いながら,
亡き母同様,団栗集めに夢中になっている姿を見て,
そっくりだと思うところはよく覚えている.
そして,母のような悲しい運命は似ないでくれと
しみじみ思うところも.

先日訪れた高知は寺田寅彦の出身地で,
高知城の近くに再建された彼の生家がある.
実は学会の合間にそこを訪れたのだけれど,
目の前には川があり,その向こうは城の石垣.
そして庭には彼の作品に出てくる種々の草花が
植えられている.
彼は19歳までこの家で育ち,
その後熊本の高等学校に入学し,
そこで人生の師となる夏目漱石に出会う.
そして東京大学の物理学の教授となるのだが,
もちろん彼は何度も帰省し,ここを訪れている.
彼が少年時代を過ごした環境の素晴らしさが
少しうらやましく思えた.

高知城の近くに,県立文学館があり,
彼に関わるものが多く陳列されている.
彼の物理学者としての功績も素晴らしいものなのだろうけど,
私がもっとも強い印象を受けたものは,
夏目漱石からの手紙である.
寺田寅彦の作品についての批評が素晴らしい.
厳しいが師弟愛に満ち溢れている.
あんな手紙を先生からもらったら,
それは弟子は離れられなくなるだろうな,と思う.
それほど素敵な手紙の数々であった.

学会に参加していた学生に
寺田寅彦の話をしてみた.
しかし,彼らは寺田寅彦を知らなかった.
少し落胆したけれど,言われてみれば私も
最近彼の作品を読んでいない.
急に読みたくなってきた.
とりあえず,「団栗」から読み直してみよう.

0 件のコメント:

コメントを投稿

桜を見ると思い出す

桜が満開である。 研究室でも花見BBQが行われ、まさに「花より団子」 、学生はだれも桜など見ずにひたすら食べることに集中していたけれど、食べづかれた私は桜をぼんやりと見ていた。 学生の一人が 「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と梶井基次郎の文章 を話していたので、そういえばそ...