残された人たちのために
本日は,先日突然お亡くなりになった同じ専攻の
准教授の方のお葬式があった.
実は,その方は私とほぼ同時期に企業から
大阪大学に移られてきた方で,いろいろと私もご相談
させていただいていた.
あまりにも若く,突然の逝去に言葉もない.
式でも残されたご家族を見ていることができなかった.
心よりご冥福をお祈りいたしたいと思います.
こうしてみるとやはりお葬式は,残された私たち,
生きている人のために行われるのではないかと思う.
私たちが,私たちの心の中にある故人の姿に
区切りをつけるために(もちろん,そんなに
簡単にできるものではないのだけれど)
行うものなのだ.
私個人としては,葬式も戒名も不要だと思っていたけれど,
もしものことがあったときには,残された私の家族のために
葬式を行う必要があるかもしれないと思った.
このような儀式は,まだまだ私たちが頭で考えて理性的に
どうこうできるものではないのだろう.
准教授の方のお葬式があった.
実は,その方は私とほぼ同時期に企業から
大阪大学に移られてきた方で,いろいろと私もご相談
させていただいていた.
あまりにも若く,突然の逝去に言葉もない.
式でも残されたご家族を見ていることができなかった.
心よりご冥福をお祈りいたしたいと思います.
こうしてみるとやはりお葬式は,残された私たち,
生きている人のために行われるのではないかと思う.
私たちが,私たちの心の中にある故人の姿に
区切りをつけるために(もちろん,そんなに
簡単にできるものではないのだけれど)
行うものなのだ.
私個人としては,葬式も戒名も不要だと思っていたけれど,
もしものことがあったときには,残された私の家族のために
葬式を行う必要があるかもしれないと思った.
このような儀式は,まだまだ私たちが頭で考えて理性的に
どうこうできるものではないのだろう.
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