大阪大学で配付される冊子のひとつに,
「共通教育だより」というものがある.
その4月号の「新入生へのメッセージ」という企画の
大学教育実践センターの工藤眞由美 先生の
”「さがす」と「もとめる」”という記事を読んだ.
- 「仕事をさがす」と「仕事をもとめる」は違う
- 「さがし物」はあっても「もとめ物」はない
- 「友達をさがす」と「友達をもとめる」は違う
などの話題に触れられ,最後に
- 「自分さがし」に対して感じる違和感と
「自分もとめ」のすすめ
について述べられていた.
「さがす」と「もとめる」は確かに違う.
その違いを私はうまく説明できないが,
どうも自分がそれを希求する強さが違うのでは
ないかと思う.
工藤先生も記事の中では,その文脈文脈で異なる説明を
されているので,その状況によって違いは異なるのであろう.
しかし,共通して主体性や能動性について言及されており,
そのあたりがカギなのは間違いないだろう.
最後に言及されている「自分さがし」という言葉に対して
感じる違和感は,私も同様に感じている.
以前から「本当の自分さがし」などと言っている人をみると
がっかりしてしまう.
「自分さがし」というとき,
現実の自分はひとまず脇において,
理想の「自分」(よく「本当の自分」などと呼んでいる)を
さがそうとする.
しかし,それは自分が描く「理想の自分」であって,
ありもしないものだから,
いつまでたってもそれを見つけることはできない.
「自分さがし」に足りないのは,
現実の自分を変革する必要性の認識と,
変革への意志である.
ときには苦痛を伴う変革を無くして,
自分が思い描く人間には近づくことはできないのだ.
これをなおざりにして,「本当の自分さがし」などと
言っている人は,いつまでたっても
逃げ水を追うようでしかない.
工藤先生のおっしゃるとおり,
「自分さがし」ではなく,
「自分もとめ」であって欲しいと思う.
「もとめる」という言葉には,
変革の意志が感じられる.
「本当の自分」は,
「さがしもの」の物とは違い,
どこかに存在しているわけではないのだ.
それは自分が求め,作り出していくものであるはずである.
2008年5月14日水曜日
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よくわかります。「本当の自分」とか「自分のしたい仕事はこんなんじゃない」とか。
返信削除最近貪欲です。時々疲れますが、興味あれば、比較的躊躇なく行きます。新しいこと、挑戦しようとしています。そして、壁に当たった時が一番のチャンス。壁を越えるために、「苦痛を伴う変革」をしようと試みる。それは、まさに「もとめる」という感覚です。
そう考えると、壁を感じたときは、またとない変革のチャンス、なんですね。
Asanoさんは,非常にポジティブな方ですね.
返信削除おっしゃるとおり,「求める」には,ときとして「苦痛」が伴うのだと思います.私はこれから逃げるように,今の状態を続けているようです.
しかし,それでも「本当の自分」がどこかにあるなんて,そんな幻想は持っていないつもりです.そんな理想はもうどこかにいってしまったのかも(笑)