2019年4月7日日曜日

子供の頃に遊んだ秋葉公園は本当に小さかった

長岡に落ち着いてしばらく経つ.大阪大学から長岡技術科学大学に異動してきたわけだけれど,長岡に住むのはこれが初めてではなく,幼い頃に住んでいたので2回めということになる.3歳から10歳(小学校4年まで)まで住んでいた.でも,あまりにも昔なのでその頃のことはすっかり忘れてしまっている.それでも小学校のときの記憶が少し残っていて,そのころ住んでいた自分の住所を思い出した.Googleマップで調べてみると今の住んでいるところから意外に近い.そこで散歩がてら,そのあたりを歩いてみることにした.

見覚えのある美容室,床屋,仕出し屋がいまだに通りに並んでいてうれしくなった.もちろん,広い駐車場に変わってしまったところもあるけど,あの頃の面影が残っていることがますます記憶を思い出させてくれる.

そこで私がいつも遊びに行っていた「秋葉公園」を探してみることにした.やはりGoogleで調べてみるとその公園はちょっとだけ離れたところにある.そうだっけ,秋葉公園に行くにはちょっと大きな通りを横切らなければならず,左右から来る車に気をつけていたことを思い出す.

秋葉公園についてみると,まずその小ささに驚いた.本当に小さい.よく「子供の頃はあんなに大きく感じたのに,大人になってから来るとぞの小ささに驚く」なんて話を聞くけれど,自分もそんなふうに陳腐なことを思うなんて思っても見なかった.しかし,本当に小さかったのだ.

地面に線を書いて「肉弾」という遊びをしたり,ゴムボールで手打ち野球をしたり,そして私も大好きだったビー玉をしたりと,あんなにいろいろなことができた公園は,大人になってみれば外周を一周りするのに3分もかからない,住宅街のなかのちっちゃな公園でしかなかった.そのことが思いの外ショックだった.あの頃の自分はどれだけ小さかったのだというのだろう.

秋葉公園という名前は,公園の中に秋葉神社という小さな社が祀られていることに由来すると思われる.今もそこにあったのだけれど,私の記憶ではほとんど覚えがない.記憶の中で公園の片隅のその部分は黒い影で覆われている.子供ながらに神社には畏れを感じていたためだろうか,と思う.そうしたものに対する畏れは今も変わらないような気がする.

近くに住んでいるのだろうか,私が行ったときには小さな子ども二人を連れた夫婦が遊びに来ていた.50を過ぎた男が一人,公園で長居をするのも不審に思われるかと思い早々に公園をあとにした.40年前の公園が残っている.それだけで,その頃私はここで生きていたのだという実感を得ることができた.こうしたことも自分のルーツを知るということに含まれるのだろうか.少し自分というものが確からしい気がしてくる.


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