「考える」ということの解釈
またまた小林秀雄の講演の中からのお話.
「考える」ということはどういうことか.
という聴衆からのたいへんな質問に対して,
小林秀雄は本居宣長の解釈を紹介している.
「かんがえる」は
「かむかえる」と考える.
「か」は意味はない.
(たぶん接頭的な語?)
「むかえる」と「み・かえる」と解し,
「かえる」は「かう」ということであるとする.
「み」は我が身ということであり,
「かう」は「交わす」ということである
というのが宣長の解釈らしい.
すなわち,「考える」ということは,
その対象と自分が交わる,
それほどまでに思うということだとしている.
したがって,「客観的な観点」という言葉は,
本来「考える」ということにそぐわない.
「考える」というのはあくまでも
個人的な行為だというのである.
この解釈がそのままとはいわないけれど,
考えるということは,対象と深く交わることを
意味するという主張には,
いろいろと深い示唆が含まれているような気がする.
「考える」ということを
もう少し深く考える必要がある.
「考える」ということはどういうことか.
という聴衆からのたいへんな質問に対して,
小林秀雄は本居宣長の解釈を紹介している.
「かんがえる」は
「かむかえる」と考える.
「か」は意味はない.
(たぶん接頭的な語?)
「むかえる」と「み・かえる」と解し,
「かえる」は「かう」ということであるとする.
「み」は我が身ということであり,
「かう」は「交わす」ということである
というのが宣長の解釈らしい.
すなわち,「考える」ということは,
その対象と自分が交わる,
それほどまでに思うということだとしている.
したがって,「客観的な観点」という言葉は,
本来「考える」ということにそぐわない.
「考える」というのはあくまでも
個人的な行為だというのである.
この解釈がそのままとはいわないけれど,
考えるということは,対象と深く交わることを
意味するという主張には,
いろいろと深い示唆が含まれているような気がする.
「考える」ということを
もう少し深く考える必要がある.
「考える」ことについてもっと考える。非常に深いことですね。
返信削除よく、「考えているのか」とか「考えが浅い」とか言われます。また、人のことをそう感じることもあります。でも、考えることって、何?
そんな疑問のヒントが隠れていますね。
asano様,すみません.コメントが遅くなりました.
返信削除日常,「考える」ということをしていますけれど,その実体はとらえどころのない思念の連続ですよね.どうやってそれをとどめておけるか...
そこらへんが,asano様も,私もブログを続けている理由かもしれませんね.